38話 ある天使の肖像

 姿は変えず、ただ住む場所と職とを変えていた私は、その仕事の都合で、たまたま首都を訪れていた。空いた時間に大きな画廊を散策していると、見覚えのあるタッチの作品群に出くわした。思わず足を止めて見入っているところを、不意に声を掛けられたのだった。
「神父様‥‥‥?」
 振り向き見ると、二十年前に別れた、あの画家が立っていた。二十年分の年月が容姿に表れているが、別れた当時よりもよほど肉付きがよく、幸福そうだ。
「し、失礼しました。貴方が昔の知人とそっくりだったもので‥‥‥そんな筈はないのに」
 謝る彼に、私は首を振って見せる。
「大丈夫ですよ。恐らくそれは、私の叔父でしょう。叔父は田舎の方で司祭をしているのです。どうも、私はよく似ているらしくて、よくそうやって驚かれるんですよ」
「そうでしたか。叔父様はお元気ですか。昔、叔父様をモデルに肖像画を描いたんですが、その写しを差し上げることが出来ないままになっていまして‥‥‥」
 聴けば、あの後、首都に辿り着いた彼は、師匠の訃報に際して打ちひしがれ、暫くの間は画業が手に付かなかったのだと言う。しかしどうにか立ち直り、それまでより更に力を入れて仕事に打ち込み、こうして画廊に並べてもらえるまでになった。そうした経緯から、私を描いた肖像画の写しに着手する暇がなかったのだと、彼は話してくれた。彼がそれを本当に申し訳なく思っていることはよく分かったし、そもそも私はあの後転居してしまったので、今になって写しを送られても困ってしまう。だから、叔父はそんなことは気にしないだろうから、写しには、本当に着手する必要はないだろうと、それとなく話しておいた。
 男は、二十年前よりも流暢に話を出来る人物になっていた。私を見て当時の記憶が蘇ったのか、彼は年相応に皺の目立つようになった顔で、くしゃっと笑った。
「貴方を見ていると、神父様にまた出会えたような気がして、とても嬉しいですよ。もう、私は首都から離れることが出来ませんが、こうして甥の貴方に会えて、本当に良かった。私は神父様のことを、本当の天使だと思ったんです。ふふ、笑ってしまうでしょう。‥‥‥ですが、今でもやはり、思うのです。毎晩、あの肖像画を眺めて、あの人のことを考えていると‥‥‥あの方はやはり天使だったのではないか、と」
 天使として生きていると、時おり、こうして昔関わりのあった人間と再会することがある。もちろん、私の方から、昔交流のあった誰それだと名乗ることはないが、ここまで私のことを思ってくれる人間は珍しかった。人間に対する印象が薄められる筈の天使だが、大切に描いてくれた肖像画が、彼の記憶のよすがとなったのだろう。懐かしそうに目を細める彼と向き合いながら、私も懐かしくなるような、不思議な気持ちだった。
 ひとしきり昔話を聴いて、それで彼とは別れた。もう、二度と会うこともないだろうと思いながら画廊を後にしたのだが、それからまた十年後に、私は再び彼と向き合うことになった。黒い棺に横たわる彼と。
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