23話 囀る小鳥に施しを

 連れの男に先に出ていてくれと言われ、店を出て、ひとりで大通りに立っていた。春の暖かさに、道ゆく人たちの顔も、空を飛ぶ鳥たちも、軒先を彩る花々も嬉しそうだ。のんびりとした空気に浸っているところに、恐らくまだティーンエイジャーと思われる若者たちがやって来て、あっという間に取り囲まれてしまった。
「なんだ、綺麗な姉ちゃんがいると思ったら、男じゃねえか」
 髪を重力に逆らう形でセットしたひとりが、そんなことを言って仲間に笑いかけた。相手の性別を間違えてしまったのが、気恥ずかしいのだろうか。これだけ長く人間の中に混じっているのに、いまだに彼らのことを理解しきれないのは悔しい。天使としてもそうだが、人間のことを理解したいと思う、一個の魂として。
 そんなことを思いながら、私はその少年に笑顔を向けた。
「何か用かな?」
「女じゃない奴への用なんて、ひとつしかねえよ、兄ちゃん」
「…………? ああ、もしかして、お金に困っているのかな」
 彼らが履いているジーンズはところどころ破れているし、羽織っているジャケットも、お世辞にも良いものとは言えない。目つきが悪いのも、恐らくは生活習慣の乱れからくる体調不良によるものだろう。
 そうか、人間の世の中の不景気というのは、こんな若者たちにまで負の影響を及ぼしているのだな……と思いつつ、懐に手を入れようとしたときだった。
「俺のエンジェルに何か用か?」
 とんでもなく不機嫌そうな、男の声がした。振り返ると、連れの男が側に立っていた。黒目の中の赤い瞳孔が、いつもより極端に細まっている。
「ああ、今、彼らに施しを……」
 私の言葉に首を振り、悪魔は若者たちを睨みつけた。
「な、なんだてめぇ……! こっちは五人だぞ」
「だから何だ?」
「オレの親父は弁護士なんだ……、こっちのやつの叔父さんは警察のお偉いさんなんだよ。下手に手出したら痛い目見るぞ……」
 べらべらと、若者はまくし立てる。その真意が私にはよく分からないが、彼の心が何かに怯えているのは分かった。しかし、何に怯えているのだろう。天使として導いてやらねばいけないと思うが、どうすればその心のうちを知れるのか、分からない。
 若者はまだ続けていたが、悪魔はそれを遮った。
「よく回る舌だな。そんなにチロチロ動かして。俺とお揃いにしてやろうか?」
 悪魔が口から覗かせた、その二股に分かれた舌を見た途端、若者たちは短く叫んで走り去ってしまった。その背中を見送りながら、私は男に尋ねる。
「彼らに何を?」
「ああ、あいつらが一番怖がってるものを見せてやっただけさ。……それにしても天使サマ、あんなつまらない不良にまで施しとはね」
 男は呆れたように肩をすくめた。
「不良? いや、彼らはお金に困っていただけだろう」
「……ま、そういうところが好きなんだがな」
 男は破顔し、歩き出した。何だかよく分からないが、きっと私のためなのだろう。何だかよく分からないままに嬉しくなり、私は男の隣に駆け寄った。
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