191話 聖マーティンの夏
十二月二十四日は、まるで春のように穏やかな天候だった。前日に降った雪はまだうっすらと路上に残って光っているが、それも午後までには溶けて消えてしまうだろう。
昨晩もイルミネーションが美しく輝いていた街は、明日のクリスマスに向けてプレゼントを買いに走る人たちで混み合っている。大人は流石に少ないが、もう冬休みに入った大学生だろうか。楽しげにショーウィンドウの前にたむろしているのをよく見かけた。
教会に向かう道で、ダイアナちゃんに出会った。いつも頭の高い位置で二つ結びにしている金髪を下ろして、可愛らしい毛糸の帽子を被っている。すぐに私に気がついて、声をかけてくれた。
「天使様! おはようございます。今日はミサの準備をするの?」
「うん。これから同僚と一緒に最後の打ち合わせをしたり……。忙しくなりそうだけれど、明日はラブやダイアナちゃんと一緒に過ごせるように休暇をとってあるからね。頑張るよ」
クリスマスイブには深夜ミサが行われる。天使には朝も夜も関係ないけれど、人間の同僚たちには大変な仕事だろう。
ダイアナちゃんは「私もミサに行くわ! 楽しみ!」と嬉しそうだ。
「ダイアナちゃん、今日は朝が早いんだね」
「使い魔の皆にもクリスマスカードを書いていたら、足りなくなってしまったの。せっかくだから新しいペンも買おうかなと思って」
思わず微笑んでしまう。クリスマスとは対極にある悪魔仲間にも日頃の感謝を込めたメッセージを綴る、ダイアナちゃんの姿が思い浮かんだ。
私たちは溶けかかった雪の上を、泥水を跳ねないようにゆっくりと歩く。時折すぐそばを走っていく車も、速度を落とし去って行く。一年の終わりを優しい気持ちで生きている人々の温かさが、そのまま天候に表れているような気さえする。
「今日は不思議なくらい天気がいいわ。冬なのに」
ダイアナちゃんも私と同じことを考えていたらしい。
「そうだね。聖マーティンの夏だ」
私の言葉に、ダイアナちゃんはちょっと間を開けて「聖マーティンの日は十一月十一日よ」と言った。「それに、今は冬よ」
「その通り。さすがダイアナちゃん、聖人の日をよく覚えているね」
えへへと笑うダイアナちゃんの言う通り、マーティンという聖人のための祝日は、とっくのとうに終わっている。でも……。
「ちょっと昔の言い方なんだけれどね。こういう、冬なのに温かくて春のように過ごしやすい日のことを聖マーティンの夏と呼ぶんだ」
「ああ、そうなのね。でも、なぜかしら」
「十一月十一日の彼の祝日が、冬の始まりだというのによく晴れて穏やかな日になることが多いことから、らしいよ」
聖マーティンに関しては、彼が兵役に就いていた頃、寒さに震える物乞いに自身のマントを半分に引き裂いて与えた伝説が有名だ。その物乞いの正体は、キリストだったという。
冬なのに温かく過ごしやすい日のことを彼の夏と呼ぶのは、何だかとてもしっくりくる表現だと、私はよく思う。
「そうなのね」
ダイアナちゃんは頷いた。
「何だか、とてもピッタリの呼び名だわ」
その意見に勝手に嬉しくなってしまって、私は何度も頷いた。
クリスマスイブ、聖マーティンの夏の一日が、静かに始まっていく。
昨晩もイルミネーションが美しく輝いていた街は、明日のクリスマスに向けてプレゼントを買いに走る人たちで混み合っている。大人は流石に少ないが、もう冬休みに入った大学生だろうか。楽しげにショーウィンドウの前にたむろしているのをよく見かけた。
教会に向かう道で、ダイアナちゃんに出会った。いつも頭の高い位置で二つ結びにしている金髪を下ろして、可愛らしい毛糸の帽子を被っている。すぐに私に気がついて、声をかけてくれた。
「天使様! おはようございます。今日はミサの準備をするの?」
「うん。これから同僚と一緒に最後の打ち合わせをしたり……。忙しくなりそうだけれど、明日はラブやダイアナちゃんと一緒に過ごせるように休暇をとってあるからね。頑張るよ」
クリスマスイブには深夜ミサが行われる。天使には朝も夜も関係ないけれど、人間の同僚たちには大変な仕事だろう。
ダイアナちゃんは「私もミサに行くわ! 楽しみ!」と嬉しそうだ。
「ダイアナちゃん、今日は朝が早いんだね」
「使い魔の皆にもクリスマスカードを書いていたら、足りなくなってしまったの。せっかくだから新しいペンも買おうかなと思って」
思わず微笑んでしまう。クリスマスとは対極にある悪魔仲間にも日頃の感謝を込めたメッセージを綴る、ダイアナちゃんの姿が思い浮かんだ。
私たちは溶けかかった雪の上を、泥水を跳ねないようにゆっくりと歩く。時折すぐそばを走っていく車も、速度を落とし去って行く。一年の終わりを優しい気持ちで生きている人々の温かさが、そのまま天候に表れているような気さえする。
「今日は不思議なくらい天気がいいわ。冬なのに」
ダイアナちゃんも私と同じことを考えていたらしい。
「そうだね。聖マーティンの夏だ」
私の言葉に、ダイアナちゃんはちょっと間を開けて「聖マーティンの日は十一月十一日よ」と言った。「それに、今は冬よ」
「その通り。さすがダイアナちゃん、聖人の日をよく覚えているね」
えへへと笑うダイアナちゃんの言う通り、マーティンという聖人のための祝日は、とっくのとうに終わっている。でも……。
「ちょっと昔の言い方なんだけれどね。こういう、冬なのに温かくて春のように過ごしやすい日のことを聖マーティンの夏と呼ぶんだ」
「ああ、そうなのね。でも、なぜかしら」
「十一月十一日の彼の祝日が、冬の始まりだというのによく晴れて穏やかな日になることが多いことから、らしいよ」
聖マーティンに関しては、彼が兵役に就いていた頃、寒さに震える物乞いに自身のマントを半分に引き裂いて与えた伝説が有名だ。その物乞いの正体は、キリストだったという。
冬なのに温かく過ごしやすい日のことを彼の夏と呼ぶのは、何だかとてもしっくりくる表現だと、私はよく思う。
「そうなのね」
ダイアナちゃんは頷いた。
「何だか、とてもピッタリの呼び名だわ」
その意見に勝手に嬉しくなってしまって、私は何度も頷いた。
クリスマスイブ、聖マーティンの夏の一日が、静かに始まっていく。