190話 眼差しは温かく

 天国にいるママからクリスマスケーキのレシピが届いたのは、クリスマスの二日前のことだった。
 以前、天使見習いのアダムと仲良くなったことがきっかけで、天国にいるママパパから手紙が届くようになった。その後、私の方からも返事を書いて、それからずっと、やり取りが続いている。二人にはもう会えないけれど、私を見守ってくれている温かな眼差しを、いつも感じる。
 ママからの手紙は、綺麗な空色の便箋に、濃い青色のインクでしたためられている。
『ダイアナはもうクリスマスの準備を始めたかしら。今の貴方の保護者の悪魔さんは、貴方にとても良くしてくれていると聞いています。悪魔も身内には優しいのね。ともかく、ダイアナがたくさん美味しいものを食べられるといいなと願っています。そうそう、ママがおばあちゃまから教えてもらって毎年作っていたケーキのレシピを同封しておくので、よかったら作って食べてみてね。貴方のことをいつも思っている、ママより』
 便箋の下に、ママの直筆レシピが数枚重なっている。家にずっと伝わっていたケーキのレシピは、まだママから直接教わっていなかった。もう二度と食べられないのだろうと残念に思っていたのだけれど……よかった!
 急いでレシピを開いて確認する。ママの丁寧なイラストに口元を緩めながらまずはパラパラとめくってみて、それから手順通りに確認して……愕然とした。私はそのままレシピを手に自分の部屋を飛び出して、リビングにいるお兄様の元へ走った。
「どうした、ダイアナ。そんなに慌てて」
 お兄様は、私が大きな音を立ててドアを開いたからか、切れ長の目を瞬かせた。私にママの手紙を届けてくれた天使様も、大きな目をもっと大きくして私を見ている。私はちょっと息を落ち着けて、お兄様にレシピを見せながら言った。
「天国にいるママから、クリスマスケーキのレシピが届いたのだけど……」
「ああ、よかったじゃないか。それが?」
「クリスマスの一ヶ月前から作り始めるって書いてあったの」
 お兄様はぷっと吹き出した。
「あ、ああ……何が起きたかと思ったが、そうか。天界地上間の郵便はどうしても時間差が生じるから、まあ、そういうこともあるだろうな」
 もっと重大ごとかと思った、と笑うお兄様を嗜めるように、天使様がその肩を小突いた。
「ダイアナちゃんはそれで、間に合わないと思って悲しくなってしまったんだね」
「ええ……。もう数年間、ママのケーキを食べてないの。もう食べられないのだと思っていたらこのレシピが届いて、すごく嬉しかったのに……」
 天使様は、私の背中を励ますように軽く叩いてくれた。
「元気を出して、ダイアナちゃん。そういうことなら、きっと君のお兄様が何とかしてくれるよ」
「え?」
 顔を上げると、お兄様はまだ笑っていたけれど、軽く頷いた。
「まあ、いいぜ。今年もダイアナは頑張っていたし、そのくらいのご褒美がないとな」
「お兄様……! ありがとう! でも、どうやって?」
 お兄様はすっと右手を上げて、パチンと指を鳴らした。お兄様なりの、魔法を使う時の所作だけれど……今のは、本当にただ鳴らしただけみたい。それにしても、似合いすぎててカッコいい。
「悪魔は魔法を使えるんだぜ。忘れたか? 作ったケーキの時間を進めりゃいいのさ」
「そんなこともできるのね、お兄様! すごいわ」
 まあ、時間を操作するのはあんまりいいことではないんだけどな……、とか何とか、お兄様はゴニョゴニョ言った。
「ほらね、君のお兄様は優しい」
 なぜか天使様が誇らしげに言い、お兄様は顔をしかめた。
「それじゃあ私、材料を買ってくるわ!」
「ああ、頼む。待ってるぜ」
「行ってらっしゃい、ダイアナちゃん」
 二人の眼差しも背中に感じながら、私は外へ飛び出した。
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