189話 天使と小さな火の悪魔
地球上の生命は等しく貴重であり、我々や主の慈愛の対象だ。中でも人類は今後ますます繁栄し、これまでに繁栄した様々な種とはまた違った方法で、主の奇跡を信仰するようになるだろう。主は、そう期待している。
「だから我々は次なるステップとして、人類に大きな進化のきっかけを与えよう」
大天使は天上の執務室で、そう言った。その頃はまだ人類にフォーカスを当てた形をとっていなかった私たちは、大雑把に言えばそれぞれ好きな形をとっていた。大天使は星に似た光の塊で、私はその頃よく眺めていた、茶色い小鳥の姿だった。居並ぶ他の天使たちもめいめい好きな姿で、大天使の発する天上の言語に注意を向けている。
「お前たちには、彼らに火の扱いを教えてやって欲しい」
私は了解の合図として、短く鳴いた。
火を扱うことで、人類は飛躍的な進化を遂げる。
それが主の考えだったし、大天使をはじめとした概ね全ての天使の見解だった。これまでにも人類は火に出くわしてきた。人類にほど近い種の動物たちも同様に、それを利用してきた。偶然発生した山火事の残り火を、食料の調理に役立てているのを、私もよく見かける。人類はそこから大きく一歩、踏み出すのだ。
人類はその頃すでに体毛が短く目立たなくなり、直立二足歩行を行い、簡単な石器を使って手頃な動物を狩り、採集した木の実をすり潰すなどして生活していた。数としてはまだまだ少なく、地球全域にその生息域を広げつつあったものの、夜は洞窟に身を寄せ合って、為すすべなく眠るしかなかった。
私たち天使は、そこへ火を持ち込んだ……彼らでも扱える、道具の一つとして。
彼らの姿を真似て大型肉食動物の毛皮を纏った私は、夜、彼らの目の前で火を起こして見せた。木の棒を両手で挟んで回転させて板に擦り付けるやり方は、根気はいるが、根気さえあればどうにかなる。
板に起こった火種に柔らかい枯草を入れ、私が息を吹きかけている間、彼らは興味深そうに私を取り囲んでいた。少し黄色みを帯びた炎が唐突に燃え上がると、その輪はばっと広がり、恐怖と好奇の入り混じった目が合図を交わし合い、言語獲得前の彼ら特有のざわめきが起きた。私は炎を上げる板を安全な場所に置き、身を引いた。
彼らの中で、恐怖は好奇に圧倒されたらしい。恐らく今までに火を見たことがある個体も混じっていたのだろう。二十人ほどの彼らは、押し合いへし合い、炎を取り囲み、無謀にも指を差し出してみたり、それを引っ込めたり、手をかざしてその温度を味わったりしていた。
あと数回、同じことを実演してやれば、彼らにも火の起こし方がわかるだろう。そうなれば人類は繁栄の一途を辿るばかりだ……。
私は仕事の成果に満足して、その場を後にした。
「だから我々は次なるステップとして、人類に大きな進化のきっかけを与えよう」
大天使は天上の執務室で、そう言った。その頃はまだ人類にフォーカスを当てた形をとっていなかった私たちは、大雑把に言えばそれぞれ好きな形をとっていた。大天使は星に似た光の塊で、私はその頃よく眺めていた、茶色い小鳥の姿だった。居並ぶ他の天使たちもめいめい好きな姿で、大天使の発する天上の言語に注意を向けている。
「お前たちには、彼らに火の扱いを教えてやって欲しい」
私は了解の合図として、短く鳴いた。
火を扱うことで、人類は飛躍的な進化を遂げる。
それが主の考えだったし、大天使をはじめとした概ね全ての天使の見解だった。これまでにも人類は火に出くわしてきた。人類にほど近い種の動物たちも同様に、それを利用してきた。偶然発生した山火事の残り火を、食料の調理に役立てているのを、私もよく見かける。人類はそこから大きく一歩、踏み出すのだ。
人類はその頃すでに体毛が短く目立たなくなり、直立二足歩行を行い、簡単な石器を使って手頃な動物を狩り、採集した木の実をすり潰すなどして生活していた。数としてはまだまだ少なく、地球全域にその生息域を広げつつあったものの、夜は洞窟に身を寄せ合って、為すすべなく眠るしかなかった。
私たち天使は、そこへ火を持ち込んだ……彼らでも扱える、道具の一つとして。
彼らの姿を真似て大型肉食動物の毛皮を纏った私は、夜、彼らの目の前で火を起こして見せた。木の棒を両手で挟んで回転させて板に擦り付けるやり方は、根気はいるが、根気さえあればどうにかなる。
板に起こった火種に柔らかい枯草を入れ、私が息を吹きかけている間、彼らは興味深そうに私を取り囲んでいた。少し黄色みを帯びた炎が唐突に燃え上がると、その輪はばっと広がり、恐怖と好奇の入り混じった目が合図を交わし合い、言語獲得前の彼ら特有のざわめきが起きた。私は炎を上げる板を安全な場所に置き、身を引いた。
彼らの中で、恐怖は好奇に圧倒されたらしい。恐らく今までに火を見たことがある個体も混じっていたのだろう。二十人ほどの彼らは、押し合いへし合い、炎を取り囲み、無謀にも指を差し出してみたり、それを引っ込めたり、手をかざしてその温度を味わったりしていた。
あと数回、同じことを実演してやれば、彼らにも火の起こし方がわかるだろう。そうなれば人類は繁栄の一途を辿るばかりだ……。
私は仕事の成果に満足して、その場を後にした。