187話 調子の良い天使と調子の悪い悪魔
この時期は、街の至る所でクリスマスマーケットが開かれている。ちょっとメインストリートに寄ればホットワインやホットチョコレートを売る店が並び、夜になると輝くイルミネーションがあちらこちらに飾られていて賑やかだ。行き交う人々は誰も楽しげで、この時期特有の高揚感がそこらじゅうに充満して、歩くだけで楽しくなる。
また、この時期には悪魔たちの活動が鈍くなるのもありがたい。人々が年に一度の行事によって信仰心を呼び起こすお陰で、低級の悪魔などは自分の根城から出ることもできないらしい。逆に、我々天使はすこぶる好調だ。
「先輩、この時期はすごく調子が良さそうですよね」
たまたま帰り道で会った同僚の神父・マイケルは、私の隣を歩きながらそう言った。
「どうしてそう思ったんだい」
確かに調子は良いが、霊能力が強いとはいえ普通の人間であるマイケルが見てわかるレベルのものだったかと驚き、私は尋ねた。
「だって、仕事を進めるスピードが速くなりますし、時々なんか鼻歌混じりですし」
「鼻歌!?」
「歌ってらっしゃいましたよ。気が付いてなかったんですか」
「ああ、全く……。マイケル、そういう時は教えてくれ。流石に恥ずかしい……」
「いやあ、楽しそうに仕事してらっしゃるから、良いかと思って」
マイケルはあっけらかんと言う。
「冬がお好きなんですか。それとも、クリスマスが?」
「そうだねえ……どちらも好きだけれど、クリスマスの時期になると調子がいいんだよ」
それは面白いですねえ、と言いながら、マイケルは道端にくしゃくしゃと丸められていた邪気の塊にそっと触れた。普通の人なら見えも気づきもしない、誰かの悪い思念の残滓だ。マイケルが触れた途端、黒い煤の塊のようなそれはさっと解けて霧散した。放っておくと悪霊を引き寄せたり、落ち込んだ人間に悪影響を及ぼすから、私も見つけ次第対処することにしている物だが……。
「マイケル、今……」
言いかけた時、後ろから腕が伸び、マイケルの肩にガシッと絡みついた。見るまでもない、私の悪魔……黒髪黒目の、長身の男が立っていた。
「師匠(せんせい)!」
困った勘違いで彼のことを師と慕うマイケルが、嬉しそうな声を上げる。
「最近、全然お姿を見ないので心配してたんですよ!」
クリスマス時期に調子が悪くなる悪魔は、人通りの多い道を避けて仕事に励んでいると聞く。悪魔は苦笑いして「そりゃどうも」とだけ答えた。
「それにしてもマイケル。そこら辺の邪気を払いながら歩くなんて、修行の成果が出てるんじゃないか」
その言葉でピンと来た。先ほどの邪気は、恐らく……。
マイケルは褒められて頬を赤くした。
「は、はい……。ああいうのは放っておくと良くないって、直感的に分かるので……。修行の成果というわけではないんですけど」
「うんうん、良い心がけだ」
全く思っていないのであろう言葉を完璧な笑顔で放ち、悪魔は若き神父の背中を叩いた。
「その調子で、どんどん払ってこい。まだ今日のパトロールは終わってないんだろう?」
「は、はい。これから街の西側に向かいます」
「それならなるべく、人通りの少ない道を通ると良い。邪気は暗くて静かなところが好きだからな」
私が口を挟もうとした時、悪魔は私にだけ分かるように目配せして、口元に指を当てた。
「それじゃあマイケル神父、気張ってこい」
「はい!」
マイケルは唆されるまま行ってしまった。私は横目で男を睨む。
「……邪気はひとけの多いところで、通行者の思念も吸って成長する。お前、ここらに邪気を放っただろう」
「さあ、どうかな」
男は肩をすくめ、そのまま立ち去らなかった。マイケルの手前、気を張っていたのだろう……かなり歩くのが辛そうで、私に寄りかかるように立っている。マイケルが邪気を払うのを見逃せずにここまでやって来たのだろうが、本当ならクリスマスマーケットのど真ん中なんて、悪魔がいるべき場所ではないのだ。
ただ、契約相手である私がいれば、信仰心の強まるこの場所にいても、問題はない。それを頼みに現れたのだろう、この男は。
私はため息をつき、男の腕をとった。
「まあ邪気に関しては、見つけ次第、私も払うから良いとしよう。……全く、無茶をするんだから」
「お目溢し、感謝する……」
悪魔は私の腕に縋り付くようにして、慎重に歩き始めた。もうすぐ私の聖気が周囲の聖気を中和して、男も回復するだろう。
「それにしても、マイケルが今のお前を見たら何て言うだろうな。『師匠はこの時期、すごく調子が悪そうですね』かな」
「……だろうな」
クリスマスの雰囲気が満ちる中、調子の良い天使と調子の悪い悪魔が、寄り添って大通りを歩く。
また、この時期には悪魔たちの活動が鈍くなるのもありがたい。人々が年に一度の行事によって信仰心を呼び起こすお陰で、低級の悪魔などは自分の根城から出ることもできないらしい。逆に、我々天使はすこぶる好調だ。
「先輩、この時期はすごく調子が良さそうですよね」
たまたま帰り道で会った同僚の神父・マイケルは、私の隣を歩きながらそう言った。
「どうしてそう思ったんだい」
確かに調子は良いが、霊能力が強いとはいえ普通の人間であるマイケルが見てわかるレベルのものだったかと驚き、私は尋ねた。
「だって、仕事を進めるスピードが速くなりますし、時々なんか鼻歌混じりですし」
「鼻歌!?」
「歌ってらっしゃいましたよ。気が付いてなかったんですか」
「ああ、全く……。マイケル、そういう時は教えてくれ。流石に恥ずかしい……」
「いやあ、楽しそうに仕事してらっしゃるから、良いかと思って」
マイケルはあっけらかんと言う。
「冬がお好きなんですか。それとも、クリスマスが?」
「そうだねえ……どちらも好きだけれど、クリスマスの時期になると調子がいいんだよ」
それは面白いですねえ、と言いながら、マイケルは道端にくしゃくしゃと丸められていた邪気の塊にそっと触れた。普通の人なら見えも気づきもしない、誰かの悪い思念の残滓だ。マイケルが触れた途端、黒い煤の塊のようなそれはさっと解けて霧散した。放っておくと悪霊を引き寄せたり、落ち込んだ人間に悪影響を及ぼすから、私も見つけ次第対処することにしている物だが……。
「マイケル、今……」
言いかけた時、後ろから腕が伸び、マイケルの肩にガシッと絡みついた。見るまでもない、私の悪魔……黒髪黒目の、長身の男が立っていた。
「師匠(せんせい)!」
困った勘違いで彼のことを師と慕うマイケルが、嬉しそうな声を上げる。
「最近、全然お姿を見ないので心配してたんですよ!」
クリスマス時期に調子が悪くなる悪魔は、人通りの多い道を避けて仕事に励んでいると聞く。悪魔は苦笑いして「そりゃどうも」とだけ答えた。
「それにしてもマイケル。そこら辺の邪気を払いながら歩くなんて、修行の成果が出てるんじゃないか」
その言葉でピンと来た。先ほどの邪気は、恐らく……。
マイケルは褒められて頬を赤くした。
「は、はい……。ああいうのは放っておくと良くないって、直感的に分かるので……。修行の成果というわけではないんですけど」
「うんうん、良い心がけだ」
全く思っていないのであろう言葉を完璧な笑顔で放ち、悪魔は若き神父の背中を叩いた。
「その調子で、どんどん払ってこい。まだ今日のパトロールは終わってないんだろう?」
「は、はい。これから街の西側に向かいます」
「それならなるべく、人通りの少ない道を通ると良い。邪気は暗くて静かなところが好きだからな」
私が口を挟もうとした時、悪魔は私にだけ分かるように目配せして、口元に指を当てた。
「それじゃあマイケル神父、気張ってこい」
「はい!」
マイケルは唆されるまま行ってしまった。私は横目で男を睨む。
「……邪気はひとけの多いところで、通行者の思念も吸って成長する。お前、ここらに邪気を放っただろう」
「さあ、どうかな」
男は肩をすくめ、そのまま立ち去らなかった。マイケルの手前、気を張っていたのだろう……かなり歩くのが辛そうで、私に寄りかかるように立っている。マイケルが邪気を払うのを見逃せずにここまでやって来たのだろうが、本当ならクリスマスマーケットのど真ん中なんて、悪魔がいるべき場所ではないのだ。
ただ、契約相手である私がいれば、信仰心の強まるこの場所にいても、問題はない。それを頼みに現れたのだろう、この男は。
私はため息をつき、男の腕をとった。
「まあ邪気に関しては、見つけ次第、私も払うから良いとしよう。……全く、無茶をするんだから」
「お目溢し、感謝する……」
悪魔は私の腕に縋り付くようにして、慎重に歩き始めた。もうすぐ私の聖気が周囲の聖気を中和して、男も回復するだろう。
「それにしても、マイケルが今のお前を見たら何て言うだろうな。『師匠はこの時期、すごく調子が悪そうですね』かな」
「……だろうな」
クリスマスの雰囲気が満ちる中、調子の良い天使と調子の悪い悪魔が、寄り添って大通りを歩く。