184話 物語を信じる力

 天使同伴でダイアナへのクリスマスプレゼントを買いに来た俺は、悪魔として長く生きてきたにも関わらず初めての人物……いや、最早あれは事象と言っていいかもしれない……に出会った。そいつはよく言われているような赤い服を身につけておらず、髭も脂肪も蓄えておらず、何ならむしろ細身で、しかも若者で、落ち着いていて、さらには女性だった。つまり、サンタクロースという名で親しまれている、陽気なプレゼント配り爺さんのイメージとは、真逆の外見だった。
 変な奴がいるな、と思ったのは、天使と最初に入った文房具店だった。俺の下で働く使い魔の少女ダイアナは可愛い物に目がないので、来年のダイアリーやカレンダーなんかであいつ好みの物を見繕おうという算段だった。
「天使サマ、今日は一緒について来てくれてありがとう。俺一人だとどうしてもクリスマスはキツイから、助かるよ」
 俺は、クリスマスムード一色の店内で、隣を歩く天使に言った。
 悪魔の俺には、クリスマスによって高められる人々の信仰心は体に堪える。聖気酔いなんて低級の悪魔のようで恥ずかしいが、この間も我慢できなくなって、天使の家で休ませてもらったりもした。だが、俺と契約を結んでいる天使がそばにいれば、天使の聖気が周囲の聖気を中和してくれる。昨年、俺たちはそのやり方で、街じゅうのクリスマスマーケットを周った。
 天使は、天使モチーフのキャラクターがプリントされたシャープペンシルを眺めながら答える。
「私もダイアナちゃんへのプレゼントを買おうと思っていたんだ。ちょうど良かったよ。私は人間のセンスを理解しきれていないから、お前と一緒だと助かる」
 それは確かに、と俺は心の中で頷いた。この天使は、人間を理解した上で導こうという、大上段に構えがちな天使たちの中では非常に珍しい指向の持ち主だが、だからと言って人間を理解しきれているわけではない。今日着ているセーターやジーンズも、俺が見立てて購入したものだ。俺がそれを提案しなければ、ヘンテコなキャラクターがデカデカと刺繍された服を着てこようとしていたのだ。
「俺でよければいくらでもアドバイスするぜ。……そうだな、ダイアナなら天使の羽モチーフなんかは喜ぶはずだ」
「そうかい。ふふふ、どうせだから私の羽も一緒にプレゼントしちゃおうかな」
「それは俺も欲しいが、俺の家で落とされたら他の使い魔たちが死んじまうからよしてくれ……」
 そんな他愛ないやり取りをしていた俺の視界の隅に、そいつはいた。どうやらスマートフォンで誰かと会話しているらしいのだが、……その内容が、ひどく興味をそそられるものだった。
「そのサイズじゃあ、全てのプレゼントを収められないよ。一体世界に何人の子供がプレゼントを心待ちにしていると思っているんだい。だめだよ、ソリはもうワンサイズ……いや、いっそのこと今の倍のサイズに」
「ラブ?」
 天使の呼びかけに、俺はハッとした。
「あ、……すまない。ちょっと気になることがあって」
「気になること?」
「ああ、あの女………」
 言いながら見ると、もうさっきの女は消えていた。俺が気配を追えない人間なんて、滅多にいるものではない。
「今、あそこで通話してた女がな、気になることを喋ってたんだ。まるでサンタみたいな……」
 しかもあれはフィンランド語だった。
「いや、まさかな」
 その時は気のせいだろうと思って忘れることにしたのだが、次の店でも同じ女を見かけた。今回はしっかり、全身を確認することができた。黒ショートカットの頭髪に、白のメッシュ。コートの上からでもわかる痩身を、俺のように黒一色のシンプルな服装で包んでいる。厚底ブーツ込みで、一七〇センチ程度の天使サマと同じくらいの身長だ。そしてまたもや、気になる通話をしていた。
「ブリッツェンは寒がりだから、もっと暖かく工夫してやって。え? ヴィクセンったら、また都会のトナカイに恋しちゃったの? もうすぐ大仕事なんだから引き離しといてよ」
 ブリッツェンもヴィクセンも、サンタクロースのソリを引くことで有名なトナカイの名前だ。
 話しながらも、女はプレゼントコーナーをほとんど見ていないような早足で歩いている。
「天使サマ、あれ」
「え?」
 俺が天使に声をかけた時には、女の姿はもう消えていた。
「ううん……絶対にいたんだがな。自認サンタクロースの、フィンランド語話者の女が」
「へえ。もしそれが本物なら、とても面白いんだけれど」
 俺がその女を見たということはしっかり信じてくれた天使は、次に立ち寄ったカフェでココアを啜りながら言った。
「私たちは、人間が持っている知識を全て取り出すことができるよね。そして、人間が知らないことでも、大概のことは知っている」
「そうだな」
 俺たちは、人間が持っている知識に加えて、天界や地獄の知識も持っている。つまり『大概のことは知っている』。サンタクロースというものが、実在した聖人を元に人間たちが想像した伝説でしかないことも。
「人間は、たまたまそれらを観察した者から伝わった話を聞いて、発達した想像力を駆使することができる。天使や悪魔、妖精や魔物、呪いや奇跡なんかを、彼らなりの物語にリメイクする。……私は常々、彼らの物語る力、物語を信じる力をすごいと思っているんだ」
「物語を信じる力……」
 窓を背にして座る天使の背後には、大通りが見えている。学校が終わった時間帯なのか、暇そうな年寄りだけでなく若者や子供の姿も多く、それぞれが好き勝手なことを喋ったり考えたりしながら行き交っている。それらは全て、彼らなりの解釈を経た物語だ。人間の世界は、物語によって成立している。
「つまり、人間たちがサンタクロースの物語を信じることで、本当にそれが……概念が、実体化したかもしれないっていうのか」
「この世には私たちも知らないことがたくさんある。そういうことが起きたって、不思議ではないっていう話さ」
 天使は「それに」と微笑んだ。
「そう考えた方が、楽しいだろう」
 何にでも合理性を求めてしまう悪魔からはあまり聞けないコメントだ。だが、今の俺は……天使とも、人間とも、百年前とはまるで違ったコミュニケーションをとっている今の俺には、……それは非常に魅力的な考え方だった。
「そうだな。その方が楽しいな」
 笑う天使の後ろ、窓ガラスの向こうで、黒髪に白メッシュで黒いコートの若い女が、スマートフォンに何か喋りかけているのが見えた。ここらの店で購入したのであろう大量のプレゼントを、クリスマスラッピングされたでかいトラックに詰め込みながら。
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