183話 白魔の村の魔女

 ジョーンズという男は、俺とジャックフロストが低級悪魔を従えて現れた時、何が起きたのかさっぱりわからないという様子だった。低級悪魔の名を呼び、『そいつ』はお前の仲間なのか、などと口にする始末だ。
 俺は体の自由を奪った低級悪魔を床に突き飛ばし、足で転がした。前に後ろにとつま先で突き、低級悪魔がうめき声をあげると、ようやくジョーンズは状況を理解したらしい。
「お、お前……! 魔女の手先だな……! やっぱりあの魔女は悪魔と契約してたんだ!」
「それは違う。俺はあの婆さんとは無関係だよ。まあともかく、お前の計画はおじゃんだ。大方このチンピラに雪崩でも起こさせて、事故死を装って殺そうという腹だったんだろうが……」
 俺が言うと、ジョーンズは血走った目で俺を睨みつけた。
「邪魔しやがって……! だが、俺は諦めないからな。アンは確かにあの魔女に、毒を飲まされていたんだ。お茶だとか何だとか言ってたが、あれを飲んでからアンは……」
「いいや、それも違う。お前、ちゃんと主治医の話を聞いたか? 俺は聞いてきたぜ」
 低級悪魔はジャックフロストに任せて、俺は男に歩み寄る。壁に背中をピッタリ付けた男に、医者のサイン入りの書類を突きつける。
「これが診断書だ。いいか、お前の妻は心臓の持病で亡くなったんだ。そこに毒物が使われたという痕跡は一切ない」
「いや、痕跡の残らない特殊な毒物で殺したんだ、そうに違いない……!」
「あのな……。お前の妻が飲んでいたのは、ただのハーブティーだぜ。生前、彼女は主治医にその茶葉を見せて、成分も調査してもらった上で、薬と併用していいか確認していたんだ。あんたにわざわざそんな話をしなかっただけで」
 ここまで言っても聞かないのなら、実力行使するつもりだった。だが最後の一押しで、男は脱力して座り込んだ。
「……分かったんならいいさ。それじゃあ、あのチンピラとの契約は反故にするってことでいいな?」
 俺の質問に、ジョーンズがかすかに頷いた。背後で、魂を確保し損ねた低級悪魔の悲痛な呻き声が聞こえた。

「いやあ、助かったよ、蛇の悪魔! ありがとうな!」
 低級悪魔を散々なぶって楽しんだジャックフロストが、踊り出しそうな上機嫌で言う。
「困った時はお互い様だ。ダイアナがいつも世話になっているしな」
「ダイアナちゃんは可愛くて優しい、最高の使い魔ちゃんだからね。大好きだよ」
 他意のない言葉に苦笑いして、背を向ける。夜が来る前に、家に帰るつもりだ。姿を消して翼を出し、ジャックフロストに手を振って、雪深い山から飛び立った……そのとき村のはずれに、見覚えのある老婆の姿を見つけた。
 老婆は、見えないはずの俺の方をしっかりと向き、深々と礼をした。
「あの婆さん……本物の魔女だったのかもな」
 それなら俺が手助けしなくても、自分で何とかしたかもしれない。
 まあ、今更真相なんてどうでもいい。
 俺は翼を大きく動かし、自分の家を目指した。
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