183話 白魔の村の魔女

 翌日、俺はジャックフロストのことを『白魔』と呼ぶ村で調査を行った。
「ああ、あの魔女のお婆さんのことね」と、昨晩俺が宿泊した宿の女主人は言った。
「魔女?」
 俺が聞き返すと、女主人はハッと何かに気がついたように、弁解がましく手を振った。
「そう呼ばれてるってだけで、別に誰も、お婆さんやお孫さんをいじめたりなんてしてないわよ。あのお婆さん、この地方に生えてる薬草やハーブなんかに詳しくてね。子供がちょっと怪我したり、大人でも何となくだるいなって時に、よく頼ってるのよ」
「それで魔女、ね。なるほど」
 俺が頷くのをうっとりと見つめていた女主人は「それで、あのお婆さんがどうしたの」と興味を露わにした。
「うん。昨日、そこらを歩き回ってたらお孫さんと一緒にいるところを見かけてね。そこで気になる話を聞いちまったんだが。……あのお婆さん、何かトラブルにでも巻き込まれているのか?」
 ジャックフロストと様子を窺っていたあの時、少年と老婆が交わしていた会話を思い出す。
「でも、おばあちゃん……さっきの黒ずくめの悪魔が、ジョーンズさんの手先だったら?」「バカなことを言わないの。第一、どうしてジョーンズさんが」「だってぼく、登校した時にジョーンズさんから言われたんだ……魔女がアンを殺したんだ、絶対に許さない、殺してやる、って……」
「トラブル……まあ、あれはトラブルかもねえ」
 女主人は、やれやれという調子で首を振った。
「ジョーンズって男が最近、奥さんを亡くしてね。それが魔女のせいだって吹聴して回ってるのよ」
 今どき呪いも何もないのにねえ、と、彼女はつまらなそうに言い捨てた。

 他にも必要な聞き込みを行って、昼頃、俺は村から小屋へ続く道でジャックフロストと合流した。
「フロスト、首尾はどうだ?」
「上々だよ。ジョーンズって男の家を見張ってたら、一人だけ、低級の悪魔が入っていった。一応、村じゅう回っては見たけど、悪魔はあいつ以外にはいなかったね」
「オーケー。それじゃあ、打ち合わせ通りに」
 ジャックフロストはふわりと浮いて、仕事場所へ向かった。俺も姿と気配を消して、それについて行く。たどり着いたのはやはり山の中で、昨日よりもさらに雪がない。
「あーあー、どうもここだけ上手く降らなかったみたいだなあ」
 大袈裟にボヤきながら、ジャックフロストが両腕を上げ、指揮棒を持たない指揮者のように振り動かした。見る間にその上空だけ暗雲が立ち込め、冷えた空気が集まってくる。ジャックフロストは鼻歌を歌いながら、すごい勢いで雪を降らしていく。
「ま、こんなもんかな」
 ジャックフロストの腕の動きと同時に、雪もパタリと止んだ。相変わらず、素晴らしい天候操作術だ。ジャックフロストは冬しか活動できないが、この分野ではトップと言われる雷の悪魔にも引けを取らない技術を持っている。
 ジャックフロストが両手を打ち鳴らして仕事を終え、またふわりと浮いて、どこかへ姿を消す。俺が尚も木陰からその場を見張っていると、やがて一人の男がやって来た。質の低い魔力をぷんぷんに臭わせた、下品な悪魔だ。多少マシな詐欺師といった見た目の悪魔は、今し方ジャックフロストが降らせた新雪に向かって手を翳し、掬い取るようなジェスチャーをした。同時に、その区画の雪が消え失せた。
 こいつだ、間違いない。
「現行犯逮捕だ、雪泥棒」
 飛び出して行った俺は、そいつの腕を捻り上げた。
「何だ、お前……!」
 低級悪魔は噛み付くように言ったが、俺を見てすぐにおとなしくなった。しょうもない小悪魔だが、身分をわきまえてはいるようだ。
「こいつかい、僕の仕事の成果を台無しにしてくれちゃったのは」
 言いながら現れたジャックフロストが、頬を膨らませて低級悪魔を睨む。低級悪魔は、ジャックフロストの氷の瞳から必死で目を逸らしている。普段は温厚なジャックフロストは、怒らせると何でも氷漬けにしかねない。
「フロスト、今はよせ。それより先にやることがある」
「へいへい」
 低級悪魔は疑問を湛えた目を俺に向け、ブルブルと震えた。
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