179話 奇跡に似た光
翌朝早く、私は神父とノエル、それと渋々ついて来た悪魔と共に、夜明けを待っていた。
「ご友人まで来てくださったんですね。こんな朝早くに、すみません」
弟に付き合ってくださって……、と神父は言い、悪魔は私から見れば引き攣っている笑顔で応えた。
「いえ、むしろ俺まで立ち会わせていただけて、光栄ですよ」
「お兄ちゃん、かっこいいー! テレビに出てる?」
「出てないよ、坊や」
ノエルにまとわりつかれ、悪魔の笑顔はますます引き攣る。この男は子供は嫌いではないはずだが、このシチュエーションに緊張しているのだろう。時々チラリと私を見るその視線は、彼にしては珍しく不安げだ。
昨晩、事情を話した私に、悪魔は眉を寄せて「なんで俺まで」と言った。自分の肩を抱えるようにして腕をさすりながら、私を見た。
「それが本当に奇跡だったとしたら、きっとその余波を喰らって俺は消えちまうぜ」
確かに、もしノエルの言う奇跡が本当の奇跡だとしたら、その可能性は十分にあり得る。だが……。
「大丈夫だよ、ノエルの兄が言っていた。あれはただの自然現象で、奇跡というものではないって」
「自然現象……」
それだけでピンと来たらしい悪魔は、少しだけ警戒心を解いたようだった。
「まあ、そういうことなら付き合ってもいいが……」
「よかった! とても美しい現象だというから、ぜひお前と見たいと思って」
私の言葉を聞いた悪魔は素直に喜べないようだったが、ちょっと耳を赤く染めた。
「あ! あれ! 奇跡だよ!」
ノエルの言葉に、意識を引き戻される。私たちが立っているのは教会に向かう道を少し逸れた、ひとけのない広場だった。周りに家がなく、すぐそばに迫る林のお陰で風も吹かない、静かな雪の広場。
ノエルが指差す先に、キラキラと小さな光の粒が、舞うように降っていた。
「あれは……」
「ダイヤモンドダストだな」
悪魔が呟く。
「ダイヤモンド?」
ノエルが不思議そうに悪魔を見上げたが、すぐにまた、広場の中央付近に舞う、細かな氷の結晶に熱心な視線を向けた。
「あれ、奇跡だよね! キラキラ光って、きっと神様が僕の誕生日が近いからお祝いをしてくれているんだよ!」
悪魔が何と反応するか気になったが、特に何も言わず、ノエルの小さな頭を撫で、一緒に美しい自然現象を見つめている。
「これ、この村ではよくある現象なんです」
こそっと、神父が私たちに耳打ちする。確かに一定の条件が揃えばどこでも起こりうる事象ではあるが……それでも、幼い子供にとっては奇跡のような美しさだろう。
私が頷くと、神父は「実は」と続けた。
「運が良ければ、この後……」
彼の言葉が終わらぬうちに、ノエルがきゃーっと歓声を上げた。
「見て!」
ノエルが指差したのは、広場ではなかった。村のすぐ近くに広がっている林の上空……恐らく数キロ先の上空に、光の柱が出現していた。
「ああ、見られましたね」と、神父が言う。
「これはかなり珍しいので、私も数年ぶりですけれど……」
「サンピラーか。雪の結晶がたまたま揃った向きで太陽光を反射すると見られる現象だが……ここはダイヤモンドダストがあるから起こりやすいのか。それにあれが反射しているのは、太陽光ではないな」
悪魔が、ノエルには聞こえないように囁く。
神父は「ご友人、専門家か何かですか」と私に尋ねる。私は笑う。
「あのサンピラーは、ここから少し離れた街の光を拾っているらしいです。この村よりも都会なので、光源が多いみたいで」
「なるほど」
悪魔は神父の説明に頷いた。
太陽光よりも白っぽく、高く立ち上る光の柱に、私たちは見入った。
「確かに、奇跡と言いたくなるような光景ではあるな」
「そうでしょ! 神様の奇跡、お兄ちゃんも見られてよかったね!」
ノエルが言い、悪魔は幼子の目を見て笑った。
「ああ、いいもん見せてくれてありがとうな」
私たちは光の柱と光の粒が消え、太陽が昇り切るまで、じっとそこに佇んでいた。
「ご友人まで来てくださったんですね。こんな朝早くに、すみません」
弟に付き合ってくださって……、と神父は言い、悪魔は私から見れば引き攣っている笑顔で応えた。
「いえ、むしろ俺まで立ち会わせていただけて、光栄ですよ」
「お兄ちゃん、かっこいいー! テレビに出てる?」
「出てないよ、坊や」
ノエルにまとわりつかれ、悪魔の笑顔はますます引き攣る。この男は子供は嫌いではないはずだが、このシチュエーションに緊張しているのだろう。時々チラリと私を見るその視線は、彼にしては珍しく不安げだ。
昨晩、事情を話した私に、悪魔は眉を寄せて「なんで俺まで」と言った。自分の肩を抱えるようにして腕をさすりながら、私を見た。
「それが本当に奇跡だったとしたら、きっとその余波を喰らって俺は消えちまうぜ」
確かに、もしノエルの言う奇跡が本当の奇跡だとしたら、その可能性は十分にあり得る。だが……。
「大丈夫だよ、ノエルの兄が言っていた。あれはただの自然現象で、奇跡というものではないって」
「自然現象……」
それだけでピンと来たらしい悪魔は、少しだけ警戒心を解いたようだった。
「まあ、そういうことなら付き合ってもいいが……」
「よかった! とても美しい現象だというから、ぜひお前と見たいと思って」
私の言葉を聞いた悪魔は素直に喜べないようだったが、ちょっと耳を赤く染めた。
「あ! あれ! 奇跡だよ!」
ノエルの言葉に、意識を引き戻される。私たちが立っているのは教会に向かう道を少し逸れた、ひとけのない広場だった。周りに家がなく、すぐそばに迫る林のお陰で風も吹かない、静かな雪の広場。
ノエルが指差す先に、キラキラと小さな光の粒が、舞うように降っていた。
「あれは……」
「ダイヤモンドダストだな」
悪魔が呟く。
「ダイヤモンド?」
ノエルが不思議そうに悪魔を見上げたが、すぐにまた、広場の中央付近に舞う、細かな氷の結晶に熱心な視線を向けた。
「あれ、奇跡だよね! キラキラ光って、きっと神様が僕の誕生日が近いからお祝いをしてくれているんだよ!」
悪魔が何と反応するか気になったが、特に何も言わず、ノエルの小さな頭を撫で、一緒に美しい自然現象を見つめている。
「これ、この村ではよくある現象なんです」
こそっと、神父が私たちに耳打ちする。確かに一定の条件が揃えばどこでも起こりうる事象ではあるが……それでも、幼い子供にとっては奇跡のような美しさだろう。
私が頷くと、神父は「実は」と続けた。
「運が良ければ、この後……」
彼の言葉が終わらぬうちに、ノエルがきゃーっと歓声を上げた。
「見て!」
ノエルが指差したのは、広場ではなかった。村のすぐ近くに広がっている林の上空……恐らく数キロ先の上空に、光の柱が出現していた。
「ああ、見られましたね」と、神父が言う。
「これはかなり珍しいので、私も数年ぶりですけれど……」
「サンピラーか。雪の結晶がたまたま揃った向きで太陽光を反射すると見られる現象だが……ここはダイヤモンドダストがあるから起こりやすいのか。それにあれが反射しているのは、太陽光ではないな」
悪魔が、ノエルには聞こえないように囁く。
神父は「ご友人、専門家か何かですか」と私に尋ねる。私は笑う。
「あのサンピラーは、ここから少し離れた街の光を拾っているらしいです。この村よりも都会なので、光源が多いみたいで」
「なるほど」
悪魔は神父の説明に頷いた。
太陽光よりも白っぽく、高く立ち上る光の柱に、私たちは見入った。
「確かに、奇跡と言いたくなるような光景ではあるな」
「そうでしょ! 神様の奇跡、お兄ちゃんも見られてよかったね!」
ノエルが言い、悪魔は幼子の目を見て笑った。
「ああ、いいもん見せてくれてありがとうな」
私たちは光の柱と光の粒が消え、太陽が昇り切るまで、じっとそこに佇んでいた。