179話 奇跡に似た光

 その村は、普段私が生活している都会から車で数時間かかる、山の麓にあった。山はもちろん既に雪に覆われて、村の人たちも屋内にこもって仕事に勤しんでいるようだ。
「遠方からわざわざ、ありがとうございます。ご足労おかけしました」
 私を出迎えてくれたその村の教会の神父は、深々と礼をした。
「いえ、大丈夫ですよ。友人が送ってくれましたから」
 先ほどまで乗っていた黒い車に視線を向けると、運転席から黒髪の男……私の恋人である悪魔が、ちょっと頭を下げる。
「ああ、そうでしたか。えっと、ご友人はどちらにお泊まりになりますか。手配いたしますが」
「もう宿をとってあるんです。私も一緒の部屋に泊まりますから、ご心配なく」
 スマートフォンを出して宿の手配をしようとしてくれていた神父は頷いた。
「では、早速ご案内いたします」
 こちらです、と歩き出した神父を追う。振り返ると、悪魔がこちらにウィンクをして車を出すのが見えた。……悪魔というのは器用なものだ。
 村の教会は人手不足に悩んでいるそうで、奇跡調査の仕事が入っていない私が、手伝いに来た形だ。クリスマスミサに向けた準備もあるのに、アドベントミサや聖歌隊の練習もなかなか手が回らないらしい。
「申し訳ありませんが、日常の業務と、今週末のアドベントミサでのお手伝いをお願いします」
「承知しました。私もいろいろ勉強させていただきたいと思っています。よろしくお願いします」
 教会での一通りの挨拶を済ませた私の足元で、何かが動いた。赤い、もこもこしたダウンを着込んだ、小さな男の子だった。可愛らしい茶色い癖っ毛が、教会の照明の下で艶々輝いている。
「ねえ、ねえ、神父様!」
 男の子はパッと弾けるように立ち上がり、まっすぐ私を見上げた。
「なんだい」
 私が膝を折って目線を合わせると、男の子はうふふと笑いながら私の手を取った。熱い、小さな子供の体温が伝わってきて、幸福な気持ちになる。
「あのね神父様、僕ね、奇跡を知ってるよ」
「奇跡?」
 気になる言葉を復唱した時、男の子の頬を誰かが突いた。
「わっ」
 見ると、先ほどここまで案内してくれた神父だった。彼はわざと真面目くさった顔で男の子に言う。
「ノエル、兄さんの仕事場を見学してもいいとは言ったけど、他の人の仕事を邪魔しちゃいけないぞ」
「はーい」
 ノエルと呼ばれた男の子は素直に手を上げて返事をし、「それじゃあ、またね!」と私に手を振って外へ出て行ってしまった。
「可愛い弟さんですね」
「いやあ、まさかあんなに小さな弟が、この歳になってできるなんて思いませんでしたよ」
 全く、と神父は笑う。
「あの子は名前の通りクリスマスの生まれで。クリスマスが近くなると、特に落ち着きがなくなるんです」
「そうでしたか。いいお名前です。子供はあのくらい元気な方がちょうどいいくらいですよ。……ところで、奇跡というのは」
 私の表情に、神父は「ああ、それは」と言いかけ、言葉を止めた。その瞳に、先ほどのノエルに似た輝きが灯る。
「まあ、種明かしして仕舞えばなんだと言うようなことなんですが、せっかくノエルがああして喜んで、貴方にも教えたがっていましたからね……ひとつ、ご覧いただきましょう」
「………?」
 不思議な物言いに、私は首を傾げた。
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