178話 ある使い魔のお使い

「お、帰ったか。お使いご苦労」
 リビングでコーヒーを飲んでいたお兄様は、私を見て笑った。
「美味しいシュトーレンを食べられたみたいだな」
「ええ。二切れもいただいてしまったわ。一緒に食べている間、お婆さんが色々思い出話を聞かせてくれたのだけど……その話に出てきた、お婆さんの旦那さんというのは」
 私が言葉を切ってお兄様を見ると、お兄様は頷いた。
「ああ、俺の使い魔だった男だ」
「やっぱり」
 お婆さんの思い出話は、どれもお婆さんの旦那さんにまつわるお話だった。旦那さんは『腕のいいパティシエ』で『街のケーキ屋』に勤めていたけれど今年の春亡くなってしまった。それから『街のケーキ屋』の店主が旦那さんの働きへの感謝として、お婆さんの身の回りの世話をなんだかんだと焼いてくれている……。
「あの男は本当によく働いてくれた。ただ、様々な事情でこの地上にはいられなくなってな。もうあのご婦人も高齢で、それほど長くはない。だから人間としては死んだことにして、自分がいなくなった後はご婦人の世話を見てほしいと頼まれたんだ」
「そうなの。……でも、その……使い魔は、人間の女の人と結婚してたってこと?」
 そこが引っかかっていた。私が知っている使い魔は、コウモリの一族やカラスの一族のように、魔力を持った動物の一族か、サキュバスやインキュバスのような人型の一族だ。人型と言っても人の形をしているだけなのだから、人間と結婚なんてできないのだと勝手に思っていたのだけれど。
「人間に変身さえできれば、別に不可能ではないさ。どんな形の魔物だってな。ただ、子供ができるかは場合によるが……。まあ、そんな話は置いといて。ダイアナ、俺がお前にお使いを頼んだ理由はわかったか?」
 これまで勝手に決めつけていてわかっていなかった話に驚いていると、不意にお兄様から質問が飛んできた。でも、私は慌てない。その答えは、お婆さんの家に着いた時からわかっている。
「それなら、わかってるわ。お兄様はあのお家に近づけないのね。お庭と生垣にクリスマスホーリーが使われているから」
「その通りだ。よくわかったな。付け加えておくなら、俺が近づけないのは信仰心が投影される冬の間だけだ。それにしても、魔除けについてよく勉強しているじゃないか」
 まあ、ご褒美はもう十分だろうが、と、お兄様は目を細めた。
3/3ページ
スキ