178話 ある使い魔のお使い

 お使い先は小ぢんまりとした一軒家で、明るいベビーブルーの外壁が雪を反射して眩しいくらいだった。前庭と家の周りは、冬でも生き生きとした緑の葉と赤い実が美しい、クリスマスホーリーで囲われている。
「おやおや、可愛いお客さんだね」
 家から出てきたお婆さんは、分厚いメガネのレンズを通して私をじいっと見つめた。お婆さんは私と同じくらいの背丈で、上品な小花模様の室内着を着ていた。エメラルドグリーンに染めた髪の毛を大雑把な三つ編みにして、背中に垂らしている。顔のパーツもどれも小さく丸く、なんだか可愛いネズミが人間になったみたいだ。
「こんにちは。お使いで伺ったんです。こちらをどうぞ」
 お兄様には、紙袋を渡せばわかるはずだと言われていた。お婆さんは受け取った袋の中を見て、目を細めた。
「ああ、あの人のお使いかい。ありがとう」
「それじゃあ、私はこれで」
 お暇しようと思った私の背中を、お婆さんの声が追ってきた。
「せっかく来たんだ、上がっていきな」
 出がけにかけられたお兄様の言葉が、耳に蘇る。
『上がれと言われたら遠慮しないでいい』
 私は振り返り、頷いた。

 お婆さんのお家の中はクラシカルで、けれども古臭くはなかった。壁紙も日に褪せたりせず新品のように綺麗だし、木でできた家具もスッキリしたデザインで使いやすそう。小さくて笛のような音を鳴らすピンクのケトルを持って、お婆さんは陶器の茶器で紅茶を淹れてくれた。
「ありがとうございます」
「いいんだよ。わざわざあれを届けに来てくれたんだから」
 そうだ、お兄様の荷物を受け取ったのだから、この人もきっと何か悪事に加担しているのだ。全然、そうは見えないけれど……。
「それじゃあお茶も淹れたことだし、持ってきてくれたあれも開けちゃおうかね」
「え?」
 てっきり仕事で使う、何か重要な……それこそ爆弾のような精密なものなのではないかと勝手に思っていたから、私は戸惑った。お婆さんは紙袋を持ってキッチンへ歩いて行く。
「あ、何か手伝います……」
「いいんだよ、いいんだよ。お客様なんだから」
 小さなダイニングとキッチンは地続きで、お婆さんの作業は座っているところからよく見えた。お婆さんは紙袋から黒い布に包まれた箱を取り出し、包みを開き、その中に包丁を入れ……切り分けた中身を、皿に移した。
 皿に乗っているのは……
「シュトーレン?」
 思わず声を上げると、お婆さんは微笑んだ。
「そうだよ、シュトーレン。私は大好きでね」
 お婆さんは自分の分と私の分の皿をテーブルに並べ、シュトーレンにまつわる思い出話を始めた。
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