173話 冬の妖精
「ってことがあったのよ」
散歩から帰宅して、お兄様が淹れてくれた熱い紅茶を飲みながら不思議な出来事を報告すると、お兄様は面白そうに目を細めた。
「ふうん。お前はまた使い魔の癖に、善行を働いてきたってわけか」
「私は善良な使い魔なの」
「知ってるよ」
お兄様はテーブルの向かいに座ってコーヒーを啜っていたけれど、ふとカップを置いて、私の頬に手の甲を当てた。体温のないお兄様の手はいつもならひんやりするのだけれど、今日はしない。
「すごく冷えてるな。頬も耳も真っ赤だ」
「あら、本当? 確かに、あの男の子と一緒にいた時、なんだかとても寒かったのよね」
青い髪の毛に氷の目、白い衣服、それにあの身に纏った冷気……何か、昔好きだった絵本に似たキャラクターが出てきたような気がするのだけれど。何だったかしら。
私が遠い記憶に想いを馳せていると、お兄様が腰を上げた。
「そろそろ客人が来る頃合いだが……近くに来たら知らせるように言ってあるんだが、まだ連絡が来ないってことは、どっかで道に迷ってるのかもな」
時計を見ながら、お兄様は気掛かりそうだ。私も紅茶を飲み干して、手を挙げた。
「それなら、私がお客様を案内するわよ。特徴を教えてくれたら、見つけて連れて来るわ」
「いいのか? 帰ってきたばかりなのに悪いな。とりあえず連絡してみるが、そういう話になったら頼む」
それからお兄様が先方に連絡して、やっぱり道に迷っていたことが判明、私が案内に出かけることになった。お兄様からお客様の特徴を聞いて、最寄りの駅まで歩き出す。それにしても、青い髪に水色の目、全身白の衣服って……さっきの男の子とそっくりじゃないかしら。
駅に着くと、目立つ見た目のお客様はすぐにわかった。教わった通りの格好で、けれど男の子ではなくて、八十歳くらいのお爺さんだ。私の案内にひどく喜んでくれて、一緒に寒い街並みを歩いて帰って来た。
「お兄様、お客様を連れて来たわ……」
言いながら後ろを付いて来たお客様の方に振り返って、私は言葉を失った。そこには、全く見たことのない男の人が立っていたからだ。
「ここまでの案内、ありがとう。蛇の悪魔の使い魔ちゃん」
男の人はお兄様と同じくらいの年齢で、青い髪に水色の目、それに白のコートに白のブーツ姿だ。お兄様や天使様、それにマイケル神父とは違って何だか軽快な雰囲気がある。
私が戸惑っていると、お兄様が廊下に姿を現した。
「おお、よく来てくれた。ダイアナもありがとうな」
「え、でも私が案内したのはお爺さんで……」
お兄様と男の人が同時に笑った。
「そいつは色んな姿形を持っていてな。俺たちの変身とはまた違って、どれもこいつ……ジャックフロストの、本当の姿なんだ」
「ジャックフロスト!」
雪や霜を操る、冬の妖精。そうだ、私が絵本で見たキャラクターはジャックフロストだった。
「そういうわけでね。使い魔ちゃん」
男の人の声が急に高くなったかと思うと、見る間に身長が縮んで……私が今朝、手袋を一緒に探した男の子の姿になった。と思うとまた少し大きくなって、さっき一緒に街を歩いたお爺さんの姿になった。
「手袋を見つけてくれて、助かったよ。これがないと、触れるもの全てが凍ってしまうんでね。この家も凍らせてしまうところだった」
それは確かに危ないところだったわ。
再び男の人の姿に戻ったジャックフロストは、白い手袋をした手で、私の頭を撫でてくれた。手袋越しにもひんやりとした冷たさが伝わって来たけれど、私は凍らない。
「しかし可愛いし優しいし、いい使い魔ちゃんを持ったな、蛇の悪魔。羨ましいぜ」
「だろ。よく言われる」
二人は笑い合い、リビングへ向かった。私は自分の部屋に戻りながら、今の二人の会話を反復して、ニヤニヤ笑ってしまう口元を頑張って押さえた。
散歩から帰宅して、お兄様が淹れてくれた熱い紅茶を飲みながら不思議な出来事を報告すると、お兄様は面白そうに目を細めた。
「ふうん。お前はまた使い魔の癖に、善行を働いてきたってわけか」
「私は善良な使い魔なの」
「知ってるよ」
お兄様はテーブルの向かいに座ってコーヒーを啜っていたけれど、ふとカップを置いて、私の頬に手の甲を当てた。体温のないお兄様の手はいつもならひんやりするのだけれど、今日はしない。
「すごく冷えてるな。頬も耳も真っ赤だ」
「あら、本当? 確かに、あの男の子と一緒にいた時、なんだかとても寒かったのよね」
青い髪の毛に氷の目、白い衣服、それにあの身に纏った冷気……何か、昔好きだった絵本に似たキャラクターが出てきたような気がするのだけれど。何だったかしら。
私が遠い記憶に想いを馳せていると、お兄様が腰を上げた。
「そろそろ客人が来る頃合いだが……近くに来たら知らせるように言ってあるんだが、まだ連絡が来ないってことは、どっかで道に迷ってるのかもな」
時計を見ながら、お兄様は気掛かりそうだ。私も紅茶を飲み干して、手を挙げた。
「それなら、私がお客様を案内するわよ。特徴を教えてくれたら、見つけて連れて来るわ」
「いいのか? 帰ってきたばかりなのに悪いな。とりあえず連絡してみるが、そういう話になったら頼む」
それからお兄様が先方に連絡して、やっぱり道に迷っていたことが判明、私が案内に出かけることになった。お兄様からお客様の特徴を聞いて、最寄りの駅まで歩き出す。それにしても、青い髪に水色の目、全身白の衣服って……さっきの男の子とそっくりじゃないかしら。
駅に着くと、目立つ見た目のお客様はすぐにわかった。教わった通りの格好で、けれど男の子ではなくて、八十歳くらいのお爺さんだ。私の案内にひどく喜んでくれて、一緒に寒い街並みを歩いて帰って来た。
「お兄様、お客様を連れて来たわ……」
言いながら後ろを付いて来たお客様の方に振り返って、私は言葉を失った。そこには、全く見たことのない男の人が立っていたからだ。
「ここまでの案内、ありがとう。蛇の悪魔の使い魔ちゃん」
男の人はお兄様と同じくらいの年齢で、青い髪に水色の目、それに白のコートに白のブーツ姿だ。お兄様や天使様、それにマイケル神父とは違って何だか軽快な雰囲気がある。
私が戸惑っていると、お兄様が廊下に姿を現した。
「おお、よく来てくれた。ダイアナもありがとうな」
「え、でも私が案内したのはお爺さんで……」
お兄様と男の人が同時に笑った。
「そいつは色んな姿形を持っていてな。俺たちの変身とはまた違って、どれもこいつ……ジャックフロストの、本当の姿なんだ」
「ジャックフロスト!」
雪や霜を操る、冬の妖精。そうだ、私が絵本で見たキャラクターはジャックフロストだった。
「そういうわけでね。使い魔ちゃん」
男の人の声が急に高くなったかと思うと、見る間に身長が縮んで……私が今朝、手袋を一緒に探した男の子の姿になった。と思うとまた少し大きくなって、さっき一緒に街を歩いたお爺さんの姿になった。
「手袋を見つけてくれて、助かったよ。これがないと、触れるもの全てが凍ってしまうんでね。この家も凍らせてしまうところだった」
それは確かに危ないところだったわ。
再び男の人の姿に戻ったジャックフロストは、白い手袋をした手で、私の頭を撫でてくれた。手袋越しにもひんやりとした冷たさが伝わって来たけれど、私は凍らない。
「しかし可愛いし優しいし、いい使い魔ちゃんを持ったな、蛇の悪魔。羨ましいぜ」
「だろ。よく言われる」
二人は笑い合い、リビングへ向かった。私は自分の部屋に戻りながら、今の二人の会話を反復して、ニヤニヤ笑ってしまう口元を頑張って押さえた。
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