172話 氷上の恋文

「それで、その男の人はどうしたの?」
 隣を滑るダイアナが尋ねる。
「そいつはな、氷の上に相手への想いを込めた詩を刻みつけたんだ。後で本人から、成功したという知らせを聞いた」
 わざわざいくつもある俺の偽名の一つに手紙を送ってくる、律儀な男だった。
「それって、スケートで!? ロマンチック……!」
「だろ。しかも俺が添削した詩だからな、成功するに決まってる」
 しかし、今の世界にそれほどの技術を持った人間が、どれだけいるだろうか。もちろん、フィギュアスケート自体は競技として洗練されてきたのだが……。失われつつある人間の文化に、愛する天使なら何と言うだろう、と思いながら周回する。
 ガリガリッという音。
 再びあの器用な子供が視界に入って、俺は少しだけ楽しくなった。
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