172話 氷上の恋文
街の西にあるショッピングモールは大盛況で、クリスマスに向けてプレゼントを買い込みに来たらしい人間たちでごった返していた。プレゼントの贈答は紛れもなく人間の善性によって成立する行為であり俺たち悪魔にとっては白けるばかりだが、使いようによっては立派に誘惑の材料になる。俺はショッピングモールの前に冬季間だけ設置されるスケートリンクで柵に凭れながら、行き交う人間たちが抱えるプレゼントをどう誘惑に使うか思いを巡らしていた。
「お兄様! そんな所で黄昏てないで、一緒に滑りましょうよ」
レンタルしたスケート靴を履いたダイアナが、小さなリンクをもう何周したのか知らないが、まだ飽きもせずに俺を引っ張る。
「あのなあ、ダイアナ。俺は仕事のついでにここに寄っただけで」
「偶然も奇跡の一つなんだって、天使様が前に言ってたわ。たまたま買い物に来ていた私とお兄様がここで会ったのも、奇跡なのよ」
だから滑りましょう、と、まるで意味不明な理屈を述べ立てるダイアナに根負けして、俺はその後ろを滑り出す。吸血鬼少女カミラとの登下校のために聖気除けを持たせているダイアナの傍でなら、ノイズキャンセリングイヤホンで讃美歌から身を守る必要がないのは楽だが。聖気除けなんて低級の使い魔に持たせる物、使おうなんて思ったこともなかったが、これだけ実用的なら自分で持つのもありかもな……。
なんてことを思いながら滑っていたら、リンクの外周の方で、エッジが氷を削る鋭い音が聞こえてきた。ただぐるぐる回っているだけでは聞こえない音だ。気になって見ると、どうやらしっかりスケートを習っているらしい子供が、氷の上で器用に行ったり来たりしている。他の客は俺同様、物珍しげに遠巻きに眺めている。どうやら子供は、エッジを使って氷の上に模様を描いているらしい。
「あら、あの子、すごいわね!」
「ありゃあコンパルソリーどころじゃないな、スペシャルフィギュアだ」
「コンパル……? スペシャルフィギュア……?」
ダイアナはさっぱりわからないようだ。それもそうだろう、どちらもフィギュアスケートの種目だが、コンパルソリーは一九九〇年まで行われていた種目で、スペシャルフィギュアに至っては百年以上も前の種目だ。ダイアナが生まれるずっと前のことだ。
器用な子供が一筆書きで複雑な図形を描いているのを見ていると、それこそ百年ほど前の出来事が急に脳裏に蘇ってきた。
「お兄様! そんな所で黄昏てないで、一緒に滑りましょうよ」
レンタルしたスケート靴を履いたダイアナが、小さなリンクをもう何周したのか知らないが、まだ飽きもせずに俺を引っ張る。
「あのなあ、ダイアナ。俺は仕事のついでにここに寄っただけで」
「偶然も奇跡の一つなんだって、天使様が前に言ってたわ。たまたま買い物に来ていた私とお兄様がここで会ったのも、奇跡なのよ」
だから滑りましょう、と、まるで意味不明な理屈を述べ立てるダイアナに根負けして、俺はその後ろを滑り出す。吸血鬼少女カミラとの登下校のために聖気除けを持たせているダイアナの傍でなら、ノイズキャンセリングイヤホンで讃美歌から身を守る必要がないのは楽だが。聖気除けなんて低級の使い魔に持たせる物、使おうなんて思ったこともなかったが、これだけ実用的なら自分で持つのもありかもな……。
なんてことを思いながら滑っていたら、リンクの外周の方で、エッジが氷を削る鋭い音が聞こえてきた。ただぐるぐる回っているだけでは聞こえない音だ。気になって見ると、どうやらしっかりスケートを習っているらしい子供が、氷の上で器用に行ったり来たりしている。他の客は俺同様、物珍しげに遠巻きに眺めている。どうやら子供は、エッジを使って氷の上に模様を描いているらしい。
「あら、あの子、すごいわね!」
「ありゃあコンパルソリーどころじゃないな、スペシャルフィギュアだ」
「コンパル……? スペシャルフィギュア……?」
ダイアナはさっぱりわからないようだ。それもそうだろう、どちらもフィギュアスケートの種目だが、コンパルソリーは一九九〇年まで行われていた種目で、スペシャルフィギュアに至っては百年以上も前の種目だ。ダイアナが生まれるずっと前のことだ。
器用な子供が一筆書きで複雑な図形を描いているのを見ていると、それこそ百年ほど前の出来事が急に脳裏に蘇ってきた。