171話 美味しいものを食べる話
部屋でクリスマスキャロルを聞いていたらドアがノックされたので、私は慌てて音楽を停止した。高位の悪魔であるお兄様ならまだ大丈夫だとは思うけれど、使い魔仲間の誰かだったら危ない。
ドアを開いたのは、お兄様だった。
「ダイアナ、ちょっといいか」
「何かしら」
お兄様は手にノートパソコンを持っていた。画面を覗き込むと、そこには料理のリストがずらりと並んでいる。焼きじゃがいもに温野菜、プディング……それにターキー。
「クリスマスのメニューね」
「ああ。なんだかお前が来てから毎年クリスマスを祝うのが恒例みたいになっちまってるからな。今年はちゃんと準備しておこうかと」
「お兄様、大好きよ!」
腕にしがみつくと、お兄様は重そうに顔をしかめた。
「それで、お前は何が食べたいか聞きに来たんだ。一応、このリストにあるような、この国の伝統メニューは押さえておこうかと思ったんだが」
「そうね……」
再びリストを見る。確かにこれは、この国独特のクリスマスメニューだ。ここに付け足すなら……。
私は、まだママパパが生きていた頃のことを思い出した。もう信じられないほど前のように思えるけれど、たった数年前のことを。あの頃私やママパパはまだアメリカに住んでいて、ママパパは本当に忙しかったのにクリスマスだけは仕事を休んでくれて……。
思い出すと涙ぐみそうになる。私は我慢して鼻を啜った。
「ダイアナ、風邪でも引いたのか? 使い魔は風邪なんて引かないはずだが……」
困惑げなお兄様の言葉に、ちょっと笑ってしまう。多分、お兄様は本気で心配してくれているのだ。
「ううん、大丈夫、風邪じゃないわ」
「そうか……?」
尚も心配そうなお兄様に笑って見せて、私は再び記憶を辿る。
焼きじゃがいも……これは、こっちに来てから食べるようになった。ママパパは大体のメニューをお店で購入して揃えていたように思うけれど、その時は焼きじゃがいもではなく長細いポテトを揚げてくれた記憶がある。温野菜は、アメリカでも食べた。クリスマス・プディングは……どうだったかしら、あまり記憶にない。デザートと言ったら、ママのケーキだったから。ターキーは、感謝祭の時期になると売り出されていたからお手伝いさんがよく調理してくれたことを覚えている。でも、クリスマスに食べたのは、むしろ……。
「お兄様、私チキンも食べたいわ」
「オーケイ、チキンね。フライドチキンでいいか」
「ええ。パパがよく買ってきてくれたの。あの有名なお店の」
「ああ、白い髭のおじさんのか。わかった、バーレルの予約をしておこう」
お兄様はものすごい速度でタイピングし、リストを更新していく。
「そういえば、お兄様。私がここに来た年のクリスマスに、ローストターキーを作ってくれたわよね」
ふと思い出して言うと、何でも覚えているお兄様は「そうだったな」と頷いた。
「あの時は天使サマとのデートの帰りだったから、近所の店で買った、ローストするだけの簡単なやつだったが……」
「あれ、とっても美味しかったわ」
言いながら、美味しかったと言うのとは、また違ったかもしれない、とも思った。ママパパが死んでしまって、自分も一度死にかけて……お兄様に助けられ使い魔として新しい生き方を始めたあの年に、お兄様と天使様と一緒にクリスマスのお祝いができて……。あの時食べた、お兄様が調理してくれたターキーは、美味しさとはまた違う、特別さがあった。
お兄様もあの楽しかった一晩を思い出したのか、ちょっと微笑んだ。もう数年間一緒にいるから見慣れてはいるけれど、やっぱり、お兄様の笑顔は破壊力抜群だ。
「そうか。それなら今年はもっと美味いのを作ってやる」
「やったあ! 楽しみだわ」
「実はな。お前がそう言うと思って、今年は十月のうちにターキーファームに行って、美味く太りそうなターキーを予約しておいたんだ」
この国ではクリスマスの準備としてそういうことをするご家庭もあると、確かに聞いたことはあった。学校のお友達も、そんなことを話していたっけ。
「お兄様が選んだなら、きっととても美味しく育っているでしょうね」
「当然さ」
二人して笑い合って、その後も食べたいものの話で盛り上がった。天国のママパパも、美味しいものを食べる話をしていたらいいな、なんてことを思った。
ドアを開いたのは、お兄様だった。
「ダイアナ、ちょっといいか」
「何かしら」
お兄様は手にノートパソコンを持っていた。画面を覗き込むと、そこには料理のリストがずらりと並んでいる。焼きじゃがいもに温野菜、プディング……それにターキー。
「クリスマスのメニューね」
「ああ。なんだかお前が来てから毎年クリスマスを祝うのが恒例みたいになっちまってるからな。今年はちゃんと準備しておこうかと」
「お兄様、大好きよ!」
腕にしがみつくと、お兄様は重そうに顔をしかめた。
「それで、お前は何が食べたいか聞きに来たんだ。一応、このリストにあるような、この国の伝統メニューは押さえておこうかと思ったんだが」
「そうね……」
再びリストを見る。確かにこれは、この国独特のクリスマスメニューだ。ここに付け足すなら……。
私は、まだママパパが生きていた頃のことを思い出した。もう信じられないほど前のように思えるけれど、たった数年前のことを。あの頃私やママパパはまだアメリカに住んでいて、ママパパは本当に忙しかったのにクリスマスだけは仕事を休んでくれて……。
思い出すと涙ぐみそうになる。私は我慢して鼻を啜った。
「ダイアナ、風邪でも引いたのか? 使い魔は風邪なんて引かないはずだが……」
困惑げなお兄様の言葉に、ちょっと笑ってしまう。多分、お兄様は本気で心配してくれているのだ。
「ううん、大丈夫、風邪じゃないわ」
「そうか……?」
尚も心配そうなお兄様に笑って見せて、私は再び記憶を辿る。
焼きじゃがいも……これは、こっちに来てから食べるようになった。ママパパは大体のメニューをお店で購入して揃えていたように思うけれど、その時は焼きじゃがいもではなく長細いポテトを揚げてくれた記憶がある。温野菜は、アメリカでも食べた。クリスマス・プディングは……どうだったかしら、あまり記憶にない。デザートと言ったら、ママのケーキだったから。ターキーは、感謝祭の時期になると売り出されていたからお手伝いさんがよく調理してくれたことを覚えている。でも、クリスマスに食べたのは、むしろ……。
「お兄様、私チキンも食べたいわ」
「オーケイ、チキンね。フライドチキンでいいか」
「ええ。パパがよく買ってきてくれたの。あの有名なお店の」
「ああ、白い髭のおじさんのか。わかった、バーレルの予約をしておこう」
お兄様はものすごい速度でタイピングし、リストを更新していく。
「そういえば、お兄様。私がここに来た年のクリスマスに、ローストターキーを作ってくれたわよね」
ふと思い出して言うと、何でも覚えているお兄様は「そうだったな」と頷いた。
「あの時は天使サマとのデートの帰りだったから、近所の店で買った、ローストするだけの簡単なやつだったが……」
「あれ、とっても美味しかったわ」
言いながら、美味しかったと言うのとは、また違ったかもしれない、とも思った。ママパパが死んでしまって、自分も一度死にかけて……お兄様に助けられ使い魔として新しい生き方を始めたあの年に、お兄様と天使様と一緒にクリスマスのお祝いができて……。あの時食べた、お兄様が調理してくれたターキーは、美味しさとはまた違う、特別さがあった。
お兄様もあの楽しかった一晩を思い出したのか、ちょっと微笑んだ。もう数年間一緒にいるから見慣れてはいるけれど、やっぱり、お兄様の笑顔は破壊力抜群だ。
「そうか。それなら今年はもっと美味いのを作ってやる」
「やったあ! 楽しみだわ」
「実はな。お前がそう言うと思って、今年は十月のうちにターキーファームに行って、美味く太りそうなターキーを予約しておいたんだ」
この国ではクリスマスの準備としてそういうことをするご家庭もあると、確かに聞いたことはあった。学校のお友達も、そんなことを話していたっけ。
「お兄様が選んだなら、きっととても美味しく育っているでしょうね」
「当然さ」
二人して笑い合って、その後も食べたいものの話で盛り上がった。天国のママパパも、美味しいものを食べる話をしていたらいいな、なんてことを思った。