168話 トップスターをみんなで

 十二月になった。いよいよ寒さが本格化してきて、教会を訪れる人々もダウンジャケットや厚手のコートを身につけている。私は天使なので寒さを感じることはないが、人間に混じって暮らしているためそれに倣い、愛する悪魔が買ってくれたウールのコートを着ることにした。黒く上質なコートは、神父として働いている私には手の出ない金額だ。
「天使様! そのコート素敵ね」
 仕事帰りに悪魔の家を訪れると、出迎えてくれた可愛らしい使い魔の少女・ダイアナちゃんが早速褒めてくれた。
「ありがとう。ダイアナちゃんも、今日も可愛い服を着ているね」
 少女は嬉しそうにくるりとターンした。金色のツインテールが肩の上で揺れ、青いワンピースの裾が、ふわりと翻る。
「この間、お兄様に買ってもらったの。不思議の国のアリスみたいでしょう」
「おや、奇遇だね。私のこのコートも、あいつに買ってもらったんだよ」
 顔を見合わせて笑っているところへ、話題の悪魔が現れた。黒のセーターに黒のパンツ……いつ見ても黒しか着ない男だけれど、それが黒髪によく似合っている。
「ああ、天使サマ。来てくれたのか、ありがとう。コート、よく似合ってる」
 男は私に微笑みかけると、ダイアナちゃんに向き直った。
「ほら、ダイアナはサボるな」
「はーい」
 ダイアナちゃんが歩み寄り、作業を再開したのはクリスマスツリー……黒で揃えられた男の部屋にあってやはり黒い、クリスマスツリーだった。二メートル近い悪魔の背丈を超えて、天井に届きそうだ。
「これまた立派なツリーだね。去年はもみの木でできた物だったように思うけれど」
「ああ、よく覚えてるな。去年はクリスマス当日に用意したからアレだったが、今年はまだクリスマスまで一ヶ月近くある。それだけ長い間飾るなら、やっぱり黒じゃないと落ち着かないからな」
 理由が彼らしくて、つい笑ってしまう。
「飾りつけはダイアナがやると言うから任してるんだが、高いところは背が届かないし脚立は怖いから嫌だと言う」
「だから私を呼んだってわけだね」
 ダイアナちゃんが、ジンジャーブレッドマンの飾りをツリーの枝先に結びつけながら私を見た。
「わざわざごめんなさい、天使様。私がちょっと飛んで飾り付ければいいのだけれど、まだ翼のコントロールが上手くできなくて」
 彼女の背中にも小さな翼がある。黒くて艶やかな、綺麗な翼だ。けれど飛ぶのを怖がってなかなか飛べずにいたので、私と悪魔とで練習に付き合うようになった。最近はかなり飛べるようになってきたのだが、室内での浮遊運動はまだ難しいようだ。
「大丈夫だよ。それに見たところ、もう下の方は綺麗に飾りつけできているみたいじゃないか。あとは私に任せて」
 それから一時間ほど、ダイアナちゃんと協力して、黙々と飾り付けに取り組んだ。黒いツリーのあちこちに、ゴールドとシルバーを基調とした飾りが輝く。
「ふう。こんなものかな」
「ありがとう、天使様! 私一人だったらこんなに上手くできなかったわ」
「これでも毎年、教会のツリーの飾り付けを任されていてね。ツリーの飾り付けには自信があるんだ」
 ダイアナちゃんが嬉しそうで何よりだ。
 さて、と私はツリーのてっぺんを見上げた。残すところは、あと一つ。
「トップスターはどこかな?」
 ツリーの頂点を飾る星。イエスキリストの生誕を知らせたベツレヘムの星を飾れば、ツリーは完成するだろう。
「それなんだけど……」
 ダイアナちゃんがもじもじと、俯いて手を組み合わせる。何か仕事をしていたらしい悪魔がひょいと顔を出し、後を引き継いだ。
「さっき割れた」
「へ?」
「天使サマが来る、ちょっと前だ。ダイアナが手を滑らせてな。割っちまった」
 私は慌てて、少女の白い手を取った。……怪我はない。
「よかった、傷はつかなかったんだね」
「ああ、まあ切り傷くらい俺がすぐに治してやれるが……。というわけでだ、このツリーに付けるべきトップスターはない。不注意で壊したものを、俺がもう一度用意してやるつもりもない」
「そうなのか……」
 美しく装飾された黒いツリーは、それだけでも完成されているように見える。だが……。
「そうだ」
 名案が浮かび、私は指を鳴らした。私の悪魔が魔法を使う時の仕草だが、よく見るから移ってしまったのかもしれない。
「ダイアナちゃん、獏君を呼んでくれるかな。三人でやれば、きっとすぐに終わるから」
 ダイアナちゃんが部屋を出ていく。悪魔は面白そうにニヤニヤと、私を見た。
「何をするんだ、天使サマ。俺も今は手が空いてるが」
「それなら、手伝ってくれ。えっと……とりあえず、折り紙を出してくれないか。金色のやつ」
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