14話 Fly me to the moon.

 暗い宇宙空間から、久しぶりの青い星に帰り着くまでの間、俺は幸福に痺れた頭で、天使の体温を感じていた。これが夢でないということが、信じられない。しかも、それが、これからずっと続くというのだから。
「なあ、天使サマ」
 呼びかけると、その瞳が俺を捉える。それだけのことで胸が苦しくなり、何を言おうとしていたのかも分からなくなりそうだ。
「……本当に良いのか、俺といて。俺は悪魔なんだぜ。封印が解かれたからには、また復帰して、悪事を働いて人間を誘惑する。そういう風に出来ているんだ」
 天使は不思議そうに首を傾げた。
「そんなことか。これまでと変わりないだろう。お前が悪事を働くなら、私が善を成す。それだけだ。……お前は、私のことを好きだったんじゃないのか」
「そりゃ、好きだがな……でも」
 俺が口ごもると、天使はふふっと笑った。
「また堕天しないか心配なのか 大丈夫だよ。私たちには、主のご加護があるんだ」
 地球は、美しい月夜だった。誰もいない、波の音だけが響く浜辺に降り立ち、天使は俺をそっと立たせた。まだふらつくが、何とか自分の力で立っていられそうだ。こうしてまた向かい合える日が来るなんて、思っても見なかった。
 天使は、まっすぐ俺を見上げた。
「お前から貰った紅茶を、ずっととってあるんだが、流石に飲めそうもない。……また新しいのを、一緒に選んでくれないか」
 月の光を湛えた、青く静かな鏡面を覗き込む。その中に、馬鹿みたいに幸せそうな男が映っているのを、確認する。男は笑って、口を開く。
「ああ、もちろん。天使サマのお望みとあらば」
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