162話 思い出の味

 マツリカのお家で、カミラも呼んで夏休みの宿題に取り組む日々が続いている。三日前には数学の宿題プリント七枚、理科のレポート一つ、歴史のタブレット配信問題三単元分が残っていたのだけれど、それぞれ半分程度まではどうにか終わらせることができた。私よりも大変なのはカミラだ。彼女は吸血鬼故の時間感覚のなさのために夏休みの期間自体すら間違えていたくらいで、宿題なんてすっかり忘れていたと言うのだから。私やマツリカが夏休みの最初の方で終わらせていた「WAROCK」……気に入った石にペイントを施して街のどこかに隠す遊び……さえ終わっていなかった。それでもなんとか夏休み終了日までに終わらせられそうな目処が立ったのは、ひとえにマツリカのお陰だ。私たち三人の中だったら、マツリカが一番しっかりしている。
「カミラ、あなた前の学校でどうやって生きてたの?」
 カミラの解いたプリントをチェックしていたマツリカが言う。カミラは「生きてたと言うか何と言うか」などとモゴモゴ言った。マツリカがこれ以上眉間に皺を寄せる前に、と私は手を叩いた。
「さあ、そろそろ今日もおやつにしましょう」
 マツリカにお世話になっている分、できるお礼はしっかりしたい。毎日のおやつは、私とカミラで負担することにしていた。カミラは人間の血液から作られた専用のフードしか食べられないらしいけれど。
「そうね、そうしましょうか。何をするにも糖分は大切だわ」
 二人が注目する中、私はカバンから取り出した……見慣れないパッケージに日本語が書いてある、見慣れないお菓子を。
「『お煎餅』よ!」
 パッケージの日本語は、お兄様が読んで教えてくれた。輸入品店に置いてあって、日本人のマツリカはきっと喜ぶだろうと買って来たのだ。
「あら。醤油煎餅じゃない。これ好きなの。ありがとう、ダイアナ」
「えへへ。……でもこれ、どんな味なのかしら。見た目も何だかデコボコして硬そうで……変わった匂いね」
 漂ってくる匂いは、しょっぱそうなイメージだ。
「醤油の匂いね。実際、硬いわよこれ」
 マツリカはバリバリとお煎餅を噛み砕いた。
「美味しい。日本に帰った時に買いはするのだけど、すぐなくなってしまうから久々に食べたわ」
 カミラは私たちにつられたのか、自分用のキャンディを取り出して口に頬張っている。私もマツリカに倣って、茶色い円形をしたお煎餅に歯を立てた。予想以上に硬くて、すごい音が鳴る。あまり食べたことのない風味と塩気が鼻に抜け、最初のインパクトが過ぎ去った後は、軽快な歯応えが楽しくなってきた。
「日本って感じがする味ね。しょっぱくて美味しい」
「でしょう。ふふ、糖分より塩分ね、これ」
 バリバリという音に混じって、「お茶が欲しいわ」という呟きが聞こえた。
「お煎餅には緑茶と相場が決まっているのよ。お祖母ちゃんのお家に遊びに行った日の夕方、外で遊んで疲れて帰ってきたら、お祖母ちゃんがいつも用意してくれたっけ。西日が射す中で、畳の上で座ってね」
 畳というもののイメージがすぐには湧かなかったけれど、マツリカがその思い出を大切にしているのは伝わってきた。マツリカにとって、お煎餅は日本の思い出と直結しているのだ。
「いいおやつを買って来てくれてありがとう、ダイアナ」
 私も喜んでもらえて嬉しいわ、と返そうと思ったら、マツリカは言葉を続けた。
「今度は緑茶もお願いね」
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