160話 you're a part of me.
夏休みが明けた。久しぶりに会うクラスメイトと挨拶を交わしていると、教室に数学の先生が入って来た。全体的にシャープな印象を受ける先生は、オールバックの髪を撫で付けながら、眼鏡の向こうから私たちを見渡した。
「君たち。宿題を回収する。持って来たまえ」
みんな、班ごとに回収して、先生の元へ持って行く。私もカバンからファイルを取り出して……あっと叫んだ。
昨晩遅くまでかかって完成させた宿題を、机の上に忘れてしまった。
「ミス・クラーク! まだ提出されてないのは君だけだぞ」
先生の鋭い声が響いて、教室中がしんとする。いつの間にかクラスメイトはみんな消えてしまって、私は教室の真ん中で一人、先生と向かい合っている。
「ミス・クラーク! 友達と楽しく勉強だなんてくだらんことをするのではなく、あの天使様に毎日みっちり十二時間の講義を受けておくべきだったな」
ん? 何か変ね。
私はそこで、ようやく気がついた。私が夏休みの終わり一週間で慌ててマツリカの力を借りて宿題を終わらせたことや、天使様から危うく一日十二時間の講義を受けそうになったことは、マツリカしか知らないはずだ。それにそもそも、教会で人間に混じって働く天使様の正体は、私やお兄様しか知らない。
これは……。
「ダイアナの悪夢はバリエーションが豊かだね」
よく見知った声が聞こえ、私は後ろを振り返った。エレメンタリースクールに通うくらいの男の子が立っている。
「バク!」
「食事に来たよ」
言うが早いか、バクは教室の後方に置いてあるロッカーを砂糖菓子のように掬って、口元に運んだ。
「やっぱりダイアナの悪夢は最高のデザートだね」
言いながら、すごい勢いでどんどんと、教室を食べていく。ふと気がついたら、数学の先生まで食べられてしまっていた。最後まで「ミス・クラーク!」と叫んでいたのが、ちょっとかわいそうだ。
「ありがとう、バク」
「ご馳走様」
そこで、パッと目が覚めた。思わず机の上を確かめる。数学の宿題が乗っているけれど、そもそもまだ夏休みは終わっていないはずだ。ほっと、胸を撫で下ろす。
居間に向かうと、もうバクがソファに座って、テレビを眺めていた。
「バク、さっきはありがとう」
「うん。……ん?」
一度頷いて、それからバクは怪訝そうに私を見上げた。
「何が?」
「何がって。私の悪夢を食べてくれたじゃない」
バクは眉根を寄せて、首を横に振った。
「いや、ぼくは昨晩、ダイアナの夢を食べてないよ。だってダイアナ、悪夢なんて見てなかったじゃないか」
「え……? でも私、バクに嫌な夢を食べてもらったのよ」
数学の先生が叫びながらバクに食べられてしまったことを話すと、バクは神妙な顔になった。
「それは……」
「ダイアナが、バクに悪夢を食べてもらうという夢を見たってことだろう」
キッチンから顔を出したお兄様がそんなことを言う。
「そんなことってあるのかしら」
「まあ、夢ってのは奇想天外なものだからね。そういうこともあるだろうさ」
神妙な顔のままもっともらしく頷くバクの、口元が少し緩んでいる気がした。
「君たち。宿題を回収する。持って来たまえ」
みんな、班ごとに回収して、先生の元へ持って行く。私もカバンからファイルを取り出して……あっと叫んだ。
昨晩遅くまでかかって完成させた宿題を、机の上に忘れてしまった。
「ミス・クラーク! まだ提出されてないのは君だけだぞ」
先生の鋭い声が響いて、教室中がしんとする。いつの間にかクラスメイトはみんな消えてしまって、私は教室の真ん中で一人、先生と向かい合っている。
「ミス・クラーク! 友達と楽しく勉強だなんてくだらんことをするのではなく、あの天使様に毎日みっちり十二時間の講義を受けておくべきだったな」
ん? 何か変ね。
私はそこで、ようやく気がついた。私が夏休みの終わり一週間で慌ててマツリカの力を借りて宿題を終わらせたことや、天使様から危うく一日十二時間の講義を受けそうになったことは、マツリカしか知らないはずだ。それにそもそも、教会で人間に混じって働く天使様の正体は、私やお兄様しか知らない。
これは……。
「ダイアナの悪夢はバリエーションが豊かだね」
よく見知った声が聞こえ、私は後ろを振り返った。エレメンタリースクールに通うくらいの男の子が立っている。
「バク!」
「食事に来たよ」
言うが早いか、バクは教室の後方に置いてあるロッカーを砂糖菓子のように掬って、口元に運んだ。
「やっぱりダイアナの悪夢は最高のデザートだね」
言いながら、すごい勢いでどんどんと、教室を食べていく。ふと気がついたら、数学の先生まで食べられてしまっていた。最後まで「ミス・クラーク!」と叫んでいたのが、ちょっとかわいそうだ。
「ありがとう、バク」
「ご馳走様」
そこで、パッと目が覚めた。思わず机の上を確かめる。数学の宿題が乗っているけれど、そもそもまだ夏休みは終わっていないはずだ。ほっと、胸を撫で下ろす。
居間に向かうと、もうバクがソファに座って、テレビを眺めていた。
「バク、さっきはありがとう」
「うん。……ん?」
一度頷いて、それからバクは怪訝そうに私を見上げた。
「何が?」
「何がって。私の悪夢を食べてくれたじゃない」
バクは眉根を寄せて、首を横に振った。
「いや、ぼくは昨晩、ダイアナの夢を食べてないよ。だってダイアナ、悪夢なんて見てなかったじゃないか」
「え……? でも私、バクに嫌な夢を食べてもらったのよ」
数学の先生が叫びながらバクに食べられてしまったことを話すと、バクは神妙な顔になった。
「それは……」
「ダイアナが、バクに悪夢を食べてもらうという夢を見たってことだろう」
キッチンから顔を出したお兄様がそんなことを言う。
「そんなことってあるのかしら」
「まあ、夢ってのは奇想天外なものだからね。そういうこともあるだろうさ」
神妙な顔のままもっともらしく頷くバクの、口元が少し緩んでいる気がした。