156話 ある吸血鬼の憂鬱

 今日はカミラがお家に遊びに来た。彼女は以前にも一度、初めて出会った日に遊びに……というより、悪魔であるお兄様に血をもらうために来たことがある。その時は突然の来訪になってしまったけれども、今日はちゃんと事前にお兄様に許可をもらって、私の部屋と居間を使っていいことになっている。
「お邪魔します」
 ダークブラウンの長い髪の毛を揺らして頭を下げるカミラは、いつ見てもやっぱりお人形さんみたい。日に当たらないように工夫された制服は、彼女のように整った顔でなければ暑苦しいばかりに思えるだろう。
「ああ、いらっしゃい。吸血鬼のカミラ嬢。俺は別室で仕事してるから、ゆっくりしてってくれ」
 お兄様は居間からそう声をかけてくれ、すぐに顔を引っ込めた。二人で居間に入った時には、もういなかった。お兄様にはお兄様なりの、この家……高層マンションのとっても高い階のワンフロアまるまると、お兄様が所有する別空間……の移動方法があるらしい。
「ダイアナのお兄様って、本当に凄いわよね。さすが高位の悪魔だわ」
 カミラが感心したように言う。
「そうなのかしら。他の悪魔と暮らしたことがないから……悪魔ってみんな、あんな感じなのかと思ってるけれど」
「そんなわけないわよ!」
 私のぼんやりした回答に、カミラは大きな目をもっと大きくして、声のボリュームまで上げた。
「私が知ってる悪魔はもっと小物ばかりだからわかるの。魔法を使う時に場の魔力を一切動かさないなんて、なかなかできることじゃないんだから」
 言われてみれば確かに、お兄様が指を鳴らして魔法を使う時、その場に流れている魔力に干渉したことはない。今だって、この場からどこか別の部屋に魔法で移動したのだろうけれど、そんな痕跡は感知できない……私の魔力がそれを感知できるレベルに達していないだけなのかもしれないけれど。それに比べて、私が魔法を使う時は、かなりその場の魔力を乱してしまっている自覚がある。
「カミラは他の悪魔に会ったことがあるの?」
 ふと気になって尋ねると、長いまつ毛がちょっと下を向いた。
「吸血鬼なんて悪魔の端くれみたいなものだもの。……いいえ、悪魔よりもよっぽど劣った存在だわ」
「あら、どうして? 吸血鬼ってなんだかかっこいいようなイメージがあるけれど」
 私の頭の中の吸血鬼は、確かに人の血を吸う恐ろしさがあるけれど、お兄様のようにカッコよくて、なんだか危険な魅力がある存在だ。カミラだってとっても可愛くて、その意味では魅力的だと思うのだけど。
 けれどカミラは首を振った。
「真正の悪魔なら、日光だって十字架だって平気でしょう。聖書の暗誦だってできてしまうと聞くわ。けれど私たちは、そういうものに滅法弱いの。そもそも人の血を吸わないと生きていけないなんて、弱さでしかない」
 嘆息するカミラが、一瞬とても年上の女の人のように見えた。目の前にいるのは同い年の可愛らしい少女のはずなのに……なぜかしら。
「吸血鬼は吸血鬼で大変なのね」
「そうなのよ」
 カミラはちょっと窓の外に目をやって、それから「わあ」と声を上げた。
「ちょっとダイアナ、ここからの眺め、凄いじゃない!」
 そう言いながら窓に駆け寄り、おでこをつけそうなくらい眼下の眺めに食い入るカミラは、もういつもの子供らしいカミラに戻っていた。
「そうでしょう。ここはとっても高いから、街を見下ろすことができるのよ」
 それに、直射日光が射すことはない。
「こんな景色、この国ではあんまり見られないわ。凄い!」
 楽しげに外を見回し、カミラは無邪気な笑顔を私に向けた。
「吸血鬼って制限が多くて、めんどくさいばかりで、しかも私を吸血鬼にした張本人はほとんど寝ていて、退屈で……ちょっと寂しかったの。でも、思い切って学校に行くことにしてみて、よかった。ダイアナとお友達になれてよかったわ」
「それは私もそうよ。ありがとう、カミラ」
 魔法や吸血鬼について屈託なくお話しできる相手なんて、そういない。
 私たちはそれから夕飯の時間まで、景色を眺めながらお喋りを続けた。
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