152話 価値ある物は
今日はひとりで、石を拾いに公園へ行った。なるべく表面が滑らかで、手のひらサイズで、あまり角張っていない物が欲しかった。というのも、石の表面に絵を描きたいからだ。
「この休みには、WAROCKをやってみましょう」
夏休みに入る直前、美術の先生が課題の説明としてそんなことを言った。美術の先生らしからぬスポーティな刈り上げ頭の先生は私たちのタブレットに画像を送信した。大人から子供まで、様々な人が手に手にカラフルな石を持って掲げている画像だ。よくよく見ると彼らの持つ石は、それ自体がカラフルなのではなかった。その表面に描かれたイラストが、カラフルなのだ。
アニメのキャラクターや有名人の似顔絵を描いた石もあれば、もっと民族的な文様や詩句が書かれているものもある。小さな子供が思うままに描いたイラストの隣に、本職のアーティストの手になるものかと思うようなイラストもある。
「このように石にアートを施し、公園や街中に隠して、人と交流を図るのがWAROCKです。夏休みの課題は、WAROCKを行い、その隠し場所と、作成したWAROCKの写真を私に送信すること。私はそのデータを確認してから、マップに紐づけて共有します。クラスメイトのWAROCKで気に入ったものがあったら、ぜひ探しに行ってみてください」
人が隠したWAROCKを見つけたら、そのままもらってもいいし、隠し直してもいいのだとか。
「隠し直した場合は私に教えてくださいね。マップを更新しますから」
先生は説明を終えて、ウインクした。「楽しんで!」
クラスメイトの中には、もうWAROCKを作成して先生にデータを送信した人がいるみたいだった。共有マップデータには、数件の作品と隠し場所が掲載されている。
私も負けてはいられない。
公園に着くと、早速入り口のところで、同じ考えを持ったクラスメイト達を見かけた。この街では最も大きくて自然に溢れた公園だから、手ごろな石を探すなら、ここが最適なのだ。私もウロウロしているうちに、自分の理想にピッタリ合う石を見つけた。尖ったところのない、丸くてコロンとした、白い石だった。
「お姉ちゃん、その石」
後ろから突然声をかけられて、私は振り返った。いたのは、まだエレメンタルスクールの低学年であろう男の子だ。夏だというのに黒いTシャツに黒いジーパンという、悪魔のお兄様を思い起こさせる服装をしている。気の強そうな眉の下から、柔らかな夏の日差しに照らされた瞳がキラキラと私を見つめていた。
「あら。私に何か用かしら」
少し身を屈めてその青い瞳を覗くと、男の子は顔を真っ赤にした。暑いのかしら。
「あの、その石なんだけど。交換所に持って行ったら、きっといい物と交換できるよ」
「交換所?」
私が聞き返すと、男の子はじれったそうに首を振った。
「ついてきて」
大人だったら私も怪しむところだけれど、相手は小さな子供で、歩き出した先は公園の奥だった。何より、石と何かを交換する交換所なんて初めて聞いたものだから、私はおとなしくついて行くことにした。
「ここだよ!」
暫く歩いた先、少し開けたスペースで、男の子は立ち止まった。そこには、それほど大きくはない切り株があり、その上には雑多な小物類が並べられている。
「交換所へようこそ!」
そう言ったのは他でもない、ここまで案内してくれた男の子だった。拾ってきた綺麗そうな小物を、お友達や、公園を訪れた人が持っている物と交換しているのだろう。
「ここはあなたの場所だったのね」
「うん! それでね、その白い小石なら……」
男の子は切り株の上から、誰かの落とし物らしいネックレスを取り上げた。きっと価値があるのだろう、白い小さな宝石が輝く。
「コレと交換してあげるよ!」
男の子にとっては、私の持つ白い石は、このネックレスよりも価値があるのだろう。けれども、私は首を振った。
「悪いけど、お断りするわ」
「え、なんで!?」
男の子は心底不思議そうに、そしてとてもショックを受けたように叫んだ。
「このネックレスだよ? ほら、どこも壊れてないし、石だってキラキラして綺麗でしょ。お姉ちゃんにも似合うよ」
「そういう問題ではないの。この石は、私が宿題のために一時間ほど探して見つけ出した、理想の石なの。それをあなたに渡してしまうわけにはいかないのよ」
「そんなあ」
男の子は泣き出しそうな顔をした。きっとこれまで出会った人たちは、石やガラクタ、拾い物を、彼にせがまれるまま渡してきたのだろう。でもそれは、男の子の差し出す物に価値を見出したからではない。
「あのね。ちょっと難しい話かもしれないけれど、自分が価値を感じる物は、自分で手に入れなくては意味がないのよ。あなたもこの石が欲しいなら、私みたいに一時間かけて探したらいいわ」
「ううう〜……」
男の子はその場で足踏みをして、さらにはジャンプをした。そしてそのまま宙返りしたかと思ったら……一陣の風が吹いて、私が目を覆った瞬間に、姿を消していた。視界の隅に、まだ若いカラスが一羽、飛んで行くのが見える。
切り株に、それまではなかった黒い艶やかな羽が落ちていた。
持ち帰った白い石には、絵の具で白い花を描いた。
隠し場所を探しにまたあの公園に向かい、あちこち見て回っていると、ほっそりとしたカラスが、茂みの下に転がっている石をクチバシで突つき、何かを探し求めるように歩き回っているのを見た。
カラスは私に気がつき、そそくさと姿を消した。目の青い、若いカラスだった。
「この休みには、WAROCKをやってみましょう」
夏休みに入る直前、美術の先生が課題の説明としてそんなことを言った。美術の先生らしからぬスポーティな刈り上げ頭の先生は私たちのタブレットに画像を送信した。大人から子供まで、様々な人が手に手にカラフルな石を持って掲げている画像だ。よくよく見ると彼らの持つ石は、それ自体がカラフルなのではなかった。その表面に描かれたイラストが、カラフルなのだ。
アニメのキャラクターや有名人の似顔絵を描いた石もあれば、もっと民族的な文様や詩句が書かれているものもある。小さな子供が思うままに描いたイラストの隣に、本職のアーティストの手になるものかと思うようなイラストもある。
「このように石にアートを施し、公園や街中に隠して、人と交流を図るのがWAROCKです。夏休みの課題は、WAROCKを行い、その隠し場所と、作成したWAROCKの写真を私に送信すること。私はそのデータを確認してから、マップに紐づけて共有します。クラスメイトのWAROCKで気に入ったものがあったら、ぜひ探しに行ってみてください」
人が隠したWAROCKを見つけたら、そのままもらってもいいし、隠し直してもいいのだとか。
「隠し直した場合は私に教えてくださいね。マップを更新しますから」
先生は説明を終えて、ウインクした。「楽しんで!」
クラスメイトの中には、もうWAROCKを作成して先生にデータを送信した人がいるみたいだった。共有マップデータには、数件の作品と隠し場所が掲載されている。
私も負けてはいられない。
公園に着くと、早速入り口のところで、同じ考えを持ったクラスメイト達を見かけた。この街では最も大きくて自然に溢れた公園だから、手ごろな石を探すなら、ここが最適なのだ。私もウロウロしているうちに、自分の理想にピッタリ合う石を見つけた。尖ったところのない、丸くてコロンとした、白い石だった。
「お姉ちゃん、その石」
後ろから突然声をかけられて、私は振り返った。いたのは、まだエレメンタルスクールの低学年であろう男の子だ。夏だというのに黒いTシャツに黒いジーパンという、悪魔のお兄様を思い起こさせる服装をしている。気の強そうな眉の下から、柔らかな夏の日差しに照らされた瞳がキラキラと私を見つめていた。
「あら。私に何か用かしら」
少し身を屈めてその青い瞳を覗くと、男の子は顔を真っ赤にした。暑いのかしら。
「あの、その石なんだけど。交換所に持って行ったら、きっといい物と交換できるよ」
「交換所?」
私が聞き返すと、男の子はじれったそうに首を振った。
「ついてきて」
大人だったら私も怪しむところだけれど、相手は小さな子供で、歩き出した先は公園の奥だった。何より、石と何かを交換する交換所なんて初めて聞いたものだから、私はおとなしくついて行くことにした。
「ここだよ!」
暫く歩いた先、少し開けたスペースで、男の子は立ち止まった。そこには、それほど大きくはない切り株があり、その上には雑多な小物類が並べられている。
「交換所へようこそ!」
そう言ったのは他でもない、ここまで案内してくれた男の子だった。拾ってきた綺麗そうな小物を、お友達や、公園を訪れた人が持っている物と交換しているのだろう。
「ここはあなたの場所だったのね」
「うん! それでね、その白い小石なら……」
男の子は切り株の上から、誰かの落とし物らしいネックレスを取り上げた。きっと価値があるのだろう、白い小さな宝石が輝く。
「コレと交換してあげるよ!」
男の子にとっては、私の持つ白い石は、このネックレスよりも価値があるのだろう。けれども、私は首を振った。
「悪いけど、お断りするわ」
「え、なんで!?」
男の子は心底不思議そうに、そしてとてもショックを受けたように叫んだ。
「このネックレスだよ? ほら、どこも壊れてないし、石だってキラキラして綺麗でしょ。お姉ちゃんにも似合うよ」
「そういう問題ではないの。この石は、私が宿題のために一時間ほど探して見つけ出した、理想の石なの。それをあなたに渡してしまうわけにはいかないのよ」
「そんなあ」
男の子は泣き出しそうな顔をした。きっとこれまで出会った人たちは、石やガラクタ、拾い物を、彼にせがまれるまま渡してきたのだろう。でもそれは、男の子の差し出す物に価値を見出したからではない。
「あのね。ちょっと難しい話かもしれないけれど、自分が価値を感じる物は、自分で手に入れなくては意味がないのよ。あなたもこの石が欲しいなら、私みたいに一時間かけて探したらいいわ」
「ううう〜……」
男の子はその場で足踏みをして、さらにはジャンプをした。そしてそのまま宙返りしたかと思ったら……一陣の風が吹いて、私が目を覆った瞬間に、姿を消していた。視界の隅に、まだ若いカラスが一羽、飛んで行くのが見える。
切り株に、それまではなかった黒い艶やかな羽が落ちていた。
持ち帰った白い石には、絵の具で白い花を描いた。
隠し場所を探しにまたあの公園に向かい、あちこち見て回っていると、ほっそりとしたカラスが、茂みの下に転がっている石をクチバシで突つき、何かを探し求めるように歩き回っているのを見た。
カラスは私に気がつき、そそくさと姿を消した。目の青い、若いカラスだった。