149話 ふたりだけの

 今日はマツリカと一緒に、学校の図書館で本を借りた。マツリカは大の本好きで、率先して図書係を務めている。夏季休暇中は図書館の貸出冊数が普段の五冊から十冊に増えるので、せっかくならと、マツリカのお勧めを教えてもらうことにしたのだ。
「ダイアナがよく読んでるのは、ファンタジー小説かしら」
 学校からは少し離れた図書館はとても静かで、夏季休暇に入ってからは本当に用がある人しか来ないから、ますます静か。そんな中、マツリカが隣で囁く。夏の光が窓から差し込んで、彼女の綺麗な黒髪を輝かせた。
「ええ、そうかもしれないわね。さすがマツリカ、よく見てるのね」
「ふふ。ダイアナのことなら何でも分かるわ。魔法使いが出てくるファンタジーが特に好きよね」
 確かに、私が読むのはそういうものが多いかもしれない。自分では意識したことがなかったけれど、私のことをよくわかっているマツリカが言うのだから、そうなのだろう。私自身、悪魔であるお兄様に命を助けられて使い魔になってからは魔法を使うことができるのだけど、ファンタジー小説の世界の魔法使いは、現実とはちょっと違って、やっぱりとても素敵なのだ。
「そんなダイアナにこの夏お勧めしたいのはね」
 マツリカの、青みがかった黒目が輝く。
「ミステリよ」
「ミステリね……」
 私が曖昧に反復すると、マツリカはクスリと笑った。
「やっぱり、あまり読んだことない?」
「あまりどころじゃないわね」
 エレメンタリースクール時代に、子供用に編集されたホームズを一冊だけ、それもさわりの部分しか読んだことがない。
「謎が出てくるのはワクワクするのだけど、種明かしがよくわからなくなってしまって」
「でも、それを読んだのは昔のことでしょう? きっと今のダイアナなら、ちゃんと理解できるわよ。昔分からなかったことを分かるようになると、嬉しくない?」
「嬉しいわ」
「でしょう」
 マツリカは我が意を得たりとばかりに頷いた。
「それにミステリは、謎解きと同じくらい、探偵役が個性的で面白いのよ。中には私たちくらいの年齢の探偵役が登場するシリーズもあるんだから。それに、魔法使いが登場するものもあるわよ」
「魔法使いが!? それは面白そうね!」
 マツリカはますます楽しそうに笑みを深めて、数冊の本を渡してくれた。どうやら私のために最初から選んでおいてくれたらしい。ずっしりと重たい本の山の、その一番上の本の表紙に、金髪を耳の上で二つ結びにした女の子の絵が描かれているのに気がついた。
「この子、私に似てる」
「気がついた? そうなのよ、私もそう思って。この女の子は魔法使いなんだけど、まだまだ魔法初心者なの。人一倍正義感が強くて、学校で起きる事件を、魔法を使って解決していくのよ」
 最近お気に入りのシリーズなのよ、とマツリカは言う。そして一段と声を低くして、内緒話でもするみたいに、私の耳に口元を近づけた。
「ダイアナがこれを読んだら、この中で紹介されている暗号を使って二人だけのやり取りができるようになると思うの。お互いにお互いの暗号を解読し合うのよ。……楽しそうじゃない?」
 楽しそうすぎる。
 私は思い切り頷いた。
 腕の中に抱きしめた本が、神秘的な魔法の道具に思えてきた。
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