140話 大好きな二人
今日は、ずっとお兄様に伝えたかったことを伝えられた、いい日だった。お兄様がどう思っているか、本当のところはわからないけれど……でも、私は伝えられて良かったと思ってる。
今日は学校の参観日だった。いつも忙しいお兄様だから、来なくても大丈夫よと伝えてあったのだけど、参観が始まった時にはもう教室の後ろにいた。いつも通りに黒いシャツ、黒い革ジャケット、黒のパンツに黒の革靴で、外が眩しかったのか、サングラスが胸ポケットに入れてある。私が手を振ると、ちょっとだけ笑ってくれた。
途端に女子がざわめきだした。
「え、あのイケメンは誰の保護者?」
「知らないの? あの方はダイアナの親戚のお兄様でらっしゃるのよ」
「脚長……」
「ちょっとダイアナ。あなたのお兄様、俳優か何かなの」
まあ、お兄様が来たらこうなるだろうことは予測していた。だってお兄様、本当にカッコいいもの。他の父兄の方々に全然混じらないお兄様が黒髪をちょっとかきあげたりするたびに、女子が密やかな歓声を上げるのが聞こえてくる。
休み時間、教室を移動している際中に、お兄様に話しかけられた。
「ダイアナ、頑張ってるな」
「頑張ってるわ。忙しいのに、来てくれて嬉しいわ、パパ……」
はっと口を押さえたけれど、もう声は出た後だった。カッと顔が熱くなる。
お兄様は一瞬ぽかんと口を開けたけれど、すぐに微笑んだ。
「はは、その呼び方は初めてだな」
「ご、ごめんなさい。つい……」
恥ずかしさとはまた違う、申し訳ないような気持ちでいっぱいになってしまって、私はお兄様の顔を見ずに次の教室へ向かった。それから全ての授業が終わるまで、私はお兄様の方を見られなかった。
放課後、お兄様が運転する車の中で、私は何を話せばいいかわからなくなってしまった。お兄様はあの呼び間違いを全く気にしていないみたいだけれど、……。
「今日はお前が頑張ってるところを見られてよかったよ。いつも遅刻してるところとか、宿題を忘れて慌ててるところとかばかり見てるからな」
ハンドルを回しながらお兄様が言うけれど、私はそれに反応できない。ずっと言いたいことが喉の奥につかえている。
「ダイアナ? どうした、腹でも痛いのか」
お兄様の口調は軽いけれど、本気で私を心配してくれているのがわかる。私は思い切って、口を開いた。
「お兄様。あの呼び間違いのことなのだけど」
「ああ、あれか。いや、人間の子供はよくそういう間違いをするだろ。気にしなくていいぜ」
「ううん、違うの、恥ずかしいんじゃなくて」
車が、赤信号で停止する。お兄様は不思議そうに私を見た。
「私は……最初はお兄様と天使様のことを、ママパパと重ねてたわ」
「うん」
悲しい出来事で天に召された、ママとパパ。けれど、私を救って、今までずっと支えてくれたのが、お兄様と天使様だ。二人とも基本的には男の人だけれど、私には、二人がママパパと重なって見えた。
「でも、お兄様や天使様と過ごすうちに、わかったの。二人は私のママパパじゃない。だって、お兄様はパパより何でもできちゃうし、天使様はママより不器用だもの」
「違いない」
お兄様の涼しげな目元が、ふっと緩む。
「私は今、ママパパと重ねてではなく、お兄様と天使様のことが大好きなの。だから、呼び間違えたのが申し訳なくて……」
何と続けたらいいかわからなくなってしまった私に、お兄様は頷いた。
「大丈夫だ。わかってる」
「お兄様……」
車が再び動き出す。夏の明るい日差しが、道の先を照らしていた。
今日は学校の参観日だった。いつも忙しいお兄様だから、来なくても大丈夫よと伝えてあったのだけど、参観が始まった時にはもう教室の後ろにいた。いつも通りに黒いシャツ、黒い革ジャケット、黒のパンツに黒の革靴で、外が眩しかったのか、サングラスが胸ポケットに入れてある。私が手を振ると、ちょっとだけ笑ってくれた。
途端に女子がざわめきだした。
「え、あのイケメンは誰の保護者?」
「知らないの? あの方はダイアナの親戚のお兄様でらっしゃるのよ」
「脚長……」
「ちょっとダイアナ。あなたのお兄様、俳優か何かなの」
まあ、お兄様が来たらこうなるだろうことは予測していた。だってお兄様、本当にカッコいいもの。他の父兄の方々に全然混じらないお兄様が黒髪をちょっとかきあげたりするたびに、女子が密やかな歓声を上げるのが聞こえてくる。
休み時間、教室を移動している際中に、お兄様に話しかけられた。
「ダイアナ、頑張ってるな」
「頑張ってるわ。忙しいのに、来てくれて嬉しいわ、パパ……」
はっと口を押さえたけれど、もう声は出た後だった。カッと顔が熱くなる。
お兄様は一瞬ぽかんと口を開けたけれど、すぐに微笑んだ。
「はは、その呼び方は初めてだな」
「ご、ごめんなさい。つい……」
恥ずかしさとはまた違う、申し訳ないような気持ちでいっぱいになってしまって、私はお兄様の顔を見ずに次の教室へ向かった。それから全ての授業が終わるまで、私はお兄様の方を見られなかった。
放課後、お兄様が運転する車の中で、私は何を話せばいいかわからなくなってしまった。お兄様はあの呼び間違いを全く気にしていないみたいだけれど、……。
「今日はお前が頑張ってるところを見られてよかったよ。いつも遅刻してるところとか、宿題を忘れて慌ててるところとかばかり見てるからな」
ハンドルを回しながらお兄様が言うけれど、私はそれに反応できない。ずっと言いたいことが喉の奥につかえている。
「ダイアナ? どうした、腹でも痛いのか」
お兄様の口調は軽いけれど、本気で私を心配してくれているのがわかる。私は思い切って、口を開いた。
「お兄様。あの呼び間違いのことなのだけど」
「ああ、あれか。いや、人間の子供はよくそういう間違いをするだろ。気にしなくていいぜ」
「ううん、違うの、恥ずかしいんじゃなくて」
車が、赤信号で停止する。お兄様は不思議そうに私を見た。
「私は……最初はお兄様と天使様のことを、ママパパと重ねてたわ」
「うん」
悲しい出来事で天に召された、ママとパパ。けれど、私を救って、今までずっと支えてくれたのが、お兄様と天使様だ。二人とも基本的には男の人だけれど、私には、二人がママパパと重なって見えた。
「でも、お兄様や天使様と過ごすうちに、わかったの。二人は私のママパパじゃない。だって、お兄様はパパより何でもできちゃうし、天使様はママより不器用だもの」
「違いない」
お兄様の涼しげな目元が、ふっと緩む。
「私は今、ママパパと重ねてではなく、お兄様と天使様のことが大好きなの。だから、呼び間違えたのが申し訳なくて……」
何と続けたらいいかわからなくなってしまった私に、お兄様は頷いた。
「大丈夫だ。わかってる」
「お兄様……」
車が再び動き出す。夏の明るい日差しが、道の先を照らしていた。