130話 彼女は悪魔に向いてない

「ラブ。実はこの間、ダイアナちゃんと二人で、あるお屋敷に出かけたんだ」
 私の言葉に、愛する悪魔はちょっと不思議そうな顔をした。
「ふうん? あのお転婆、俺には何も言ってきてないがな」
 きっと、ダイアナちゃんはその日あったことを逐一、主人である「お兄様」に報告しているのだろう。義務としてではなく、家族とのコミュニケーションとして。
 その光景を想像しながら、私は話を続ける。
「お前も知っているだろう、北通りにある大きなお屋敷の」
「ああ、あの少女の幽霊か。知ってるぜ。それが?」
 私はことのあらましを簡単に話した。ダイアナちゃんがお屋敷での肝試しを利用して対立関係にあった三人の少年を負かしたこと、それによって屋敷の幽霊の尊厳を守ろうとしたこと。そして。
「ダイアナちゃんと一緒に、私はその幽霊の少女と話をしてね。説得に成功して、彼女を天へ送り届けることができたんだ」
「それはそれは……」
 黒髪をくしゃくしゃとかき回して、悪魔は首を振った。
「悪霊なんていくらでも使いようがあるってのに、全くあいつは」
 呆れたような口ぶりで、けれど、その黒目は柔らかい。
「……やっぱりあいつ、悪魔には向いていないな」
 想像していた通りの反応だ。この男がダイアナちゃんを使い魔にしたのは、彼女の命を長らえさせるためだけの行為だった。この悪魔は、心の底からダイアナちゃんの意思を尊重しているのだ。
「本当は、ダイアナちゃんから口止めされていたんだ。……きっとお兄様は悪魔らしくないと言ってがっかりするだろうから、って」
「がっかり? 俺が?」
 悪魔は意外そうに、目を見開いた。赤い蛇の瞳孔の奥、魂が少しだけ、動揺しているのがわかった。
「ふふ。わかってるよ。お前はがっかりなんてしてないだろう。むしろ、彼女が本当に『悪魔らしく』なってしまうことの方が、嫌なはずだ」
 悪魔はふっと目を逸らし、言葉に窮したように口元に拳を当てた。
「あー……」
 そうして、ぶっきらぼうに言った。
「そうかもな」
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