130話 彼女は悪魔に向いてない
少女の名前はローラ。死因はガス中毒。自宅のお屋敷で、風邪をひいて寝込んでいる間に充満していたガスを吸って亡くなった。ガス管が古くなっていたようで、帰宅した家族がすぐに気がつくくらい、ガスは充満していたらしい。風邪薬の副作用で、彼女は臭いに気がつくことができずに眠り続けてしまったのだ。
悲しみに暮れた両親は、葬儀後すぐに引っ越してしまった。お屋敷は売りに出される予定で、今は手付かずのまま立ち入り禁止となっている。けれどそれから半年が経つ中で、お屋敷は格好の「肝試し」スポットとして人気になってしまった。少女の啜り泣きが聞こえるとか、家具が動いていたのを窓越しに見たとか、そんな話がまことしやかに伝わって、最近では鍵を壊して入っていく若者がいるらしい。
そんなの、肝試しじゃなくてただの不法侵入じゃない。
ぷりぷりしながら、私は魔法で解錠して、お屋敷の中へ入って行った。大丈夫、後で許可を取るから、これは不法侵入じゃないわ。
夕暮れとはいえまだ秋の日差しが暖かく差し込み、誰も住んでいないお屋敷の内部を照らしている。ざっと歩き回ってみたけれど、特に気になることはない。とても広いお屋敷だけれど、家族が残して行ったらしい家具もそここにあるためか、あまり寂れた感じはしない。けれどそれだけに、今は誰もいないのだという虚しさが、印象づけられる気がする。
「二階にいるのかしら」
一人呟きながら、私は階段を上った。長い階段を上りながら、疑問は確信に変わっていく。ローラは、二階にいる。悪魔の仲間である私は、無念を抱えた死者の魂を感じることができるのだ。
二階の部屋の扉を全て開けて確かめる必要もないくらい、一番左端にあるドアから、霊魂の存在を感じた。差し込んでいた日光が弱くなり、首筋を冷たい空気が撫でる。
「ローラ、いるんでしょう」
私はその扉をノックした。途端、扉の向こうから、拒絶の意思が伝わってきた。そりゃあそうよね、誰だって急に家に入ってこられたら嫌だと思う。でも、私は彼女に会わないと。
ドアノブは固くて、なかなか回らなかった。売りに出されてたった半年でここまで錆びつくはずがない。中にいる彼女の力だろう。
「嫌なのはわかるわ。ごめんなさいね」
私は魔法でノブを捻り、部屋の中へ入った。部屋の中には、ベッドも机も椅子も本棚もチェストもクローゼットもカーテンも、何もかもが揃っていた。きっと、彼女の生前そのままになっているのだ。彼女のご両親は、この部屋を空にすることができなかったのだ。
一瞬、泣いてしまいそうになった。でも、私は泣きに来たんじゃない。
心を強く持って、私は無人の部屋に呼びかけた。
「ローラ、私はダイアナ。あなたに話があって」
ビュン、という音が、私の声を遮った。重たそうな木製の椅子が、空中に踊っていた。ポルターガイスト、霊現象の一つだ。続けて、本棚から本がバサバサと蝶々のように羽ばたき、私の周りを舞った。窓ガラスがミシミシと音をたて、机上の筆記用具が私めがけて飛んでくる。
「ローラ、お願い、聞いて」
私は魔法でそれらの直撃を防ぎながら、とにかく呼びかけた。ローラが、話が通じる相手であってくれることを願って。
「あなたが、この家に人が入ってくることを嫌がってるって、私はよくわかってる。私だって本当は、あなたをそっとしておいてあげたい。でも、どうしてもお話ししたいことがあるの」
飛び回る家具や本や道具類が、室内で旋風を巻き起こす。その音に負けないように、私は声を張り上げた。
「ローラ!」
風が止んだ。
椅子も本も筆記用具も、全てがあるべき場所に、ストンと落ち着いた。ほっとしていると、部屋の中央に、ぼんやりと人の影が浮かび上がってきた。髪を胸の下あたりまで垂らした少女の姿……ローラだ。
「……あなた、何を話したいの」
ぼんやりと、部屋中に反響するような声で、彼女は尋ねた。彼女の両目からは涙が溢れているようだ。私はその、悲しみに染まった目を見た。
「三日後のハロウィンの夜、私のクラスメートの悪ガキトリオが、ここに肝試しに来るの」
「……肝試し……」
ローラはポツリと復唱して、それからワッと両手で顔を覆った。
「どうして? どうして放っておいてくれないの? ママもパパも遠くに行ってしまって、私はここから出ることができなくて、だから悲しくて悲しくて、ずっと悲しいのに!」
「ローラ……」
その気持ちは、完全にではないけれど、でもとてもよくわかる気がした。私も、もうパパママには会えない。ずっと悲しみに浸っていたい気持ちも、本当によくわかる。
……けれど、その気持ちがきっと、彼女の足枷となっているのだ。しっかり葬儀もしてもらったというのに天に昇れていないということは、彼女の悲しみが重く、彼女自身をここに縛り付けてしまったということだ。
「あなたがこの家に誰も入れたくない気持ちは、よくわかるつもりよ。だから、私に考えがあるの」
「考え……?」
ローラは、首を傾げた。相変わらず目から涙を流し続けているけれど、私の言葉には関心を持ってくれたみたい。
私は自分の胸を叩いた。
「この使い魔ダイアナに任せなさい!」
悲しみに暮れた両親は、葬儀後すぐに引っ越してしまった。お屋敷は売りに出される予定で、今は手付かずのまま立ち入り禁止となっている。けれどそれから半年が経つ中で、お屋敷は格好の「肝試し」スポットとして人気になってしまった。少女の啜り泣きが聞こえるとか、家具が動いていたのを窓越しに見たとか、そんな話がまことしやかに伝わって、最近では鍵を壊して入っていく若者がいるらしい。
そんなの、肝試しじゃなくてただの不法侵入じゃない。
ぷりぷりしながら、私は魔法で解錠して、お屋敷の中へ入って行った。大丈夫、後で許可を取るから、これは不法侵入じゃないわ。
夕暮れとはいえまだ秋の日差しが暖かく差し込み、誰も住んでいないお屋敷の内部を照らしている。ざっと歩き回ってみたけれど、特に気になることはない。とても広いお屋敷だけれど、家族が残して行ったらしい家具もそここにあるためか、あまり寂れた感じはしない。けれどそれだけに、今は誰もいないのだという虚しさが、印象づけられる気がする。
「二階にいるのかしら」
一人呟きながら、私は階段を上った。長い階段を上りながら、疑問は確信に変わっていく。ローラは、二階にいる。悪魔の仲間である私は、無念を抱えた死者の魂を感じることができるのだ。
二階の部屋の扉を全て開けて確かめる必要もないくらい、一番左端にあるドアから、霊魂の存在を感じた。差し込んでいた日光が弱くなり、首筋を冷たい空気が撫でる。
「ローラ、いるんでしょう」
私はその扉をノックした。途端、扉の向こうから、拒絶の意思が伝わってきた。そりゃあそうよね、誰だって急に家に入ってこられたら嫌だと思う。でも、私は彼女に会わないと。
ドアノブは固くて、なかなか回らなかった。売りに出されてたった半年でここまで錆びつくはずがない。中にいる彼女の力だろう。
「嫌なのはわかるわ。ごめんなさいね」
私は魔法でノブを捻り、部屋の中へ入った。部屋の中には、ベッドも机も椅子も本棚もチェストもクローゼットもカーテンも、何もかもが揃っていた。きっと、彼女の生前そのままになっているのだ。彼女のご両親は、この部屋を空にすることができなかったのだ。
一瞬、泣いてしまいそうになった。でも、私は泣きに来たんじゃない。
心を強く持って、私は無人の部屋に呼びかけた。
「ローラ、私はダイアナ。あなたに話があって」
ビュン、という音が、私の声を遮った。重たそうな木製の椅子が、空中に踊っていた。ポルターガイスト、霊現象の一つだ。続けて、本棚から本がバサバサと蝶々のように羽ばたき、私の周りを舞った。窓ガラスがミシミシと音をたて、机上の筆記用具が私めがけて飛んでくる。
「ローラ、お願い、聞いて」
私は魔法でそれらの直撃を防ぎながら、とにかく呼びかけた。ローラが、話が通じる相手であってくれることを願って。
「あなたが、この家に人が入ってくることを嫌がってるって、私はよくわかってる。私だって本当は、あなたをそっとしておいてあげたい。でも、どうしてもお話ししたいことがあるの」
飛び回る家具や本や道具類が、室内で旋風を巻き起こす。その音に負けないように、私は声を張り上げた。
「ローラ!」
風が止んだ。
椅子も本も筆記用具も、全てがあるべき場所に、ストンと落ち着いた。ほっとしていると、部屋の中央に、ぼんやりと人の影が浮かび上がってきた。髪を胸の下あたりまで垂らした少女の姿……ローラだ。
「……あなた、何を話したいの」
ぼんやりと、部屋中に反響するような声で、彼女は尋ねた。彼女の両目からは涙が溢れているようだ。私はその、悲しみに染まった目を見た。
「三日後のハロウィンの夜、私のクラスメートの悪ガキトリオが、ここに肝試しに来るの」
「……肝試し……」
ローラはポツリと復唱して、それからワッと両手で顔を覆った。
「どうして? どうして放っておいてくれないの? ママもパパも遠くに行ってしまって、私はここから出ることができなくて、だから悲しくて悲しくて、ずっと悲しいのに!」
「ローラ……」
その気持ちは、完全にではないけれど、でもとてもよくわかる気がした。私も、もうパパママには会えない。ずっと悲しみに浸っていたい気持ちも、本当によくわかる。
……けれど、その気持ちがきっと、彼女の足枷となっているのだ。しっかり葬儀もしてもらったというのに天に昇れていないということは、彼女の悲しみが重く、彼女自身をここに縛り付けてしまったということだ。
「あなたがこの家に誰も入れたくない気持ちは、よくわかるつもりよ。だから、私に考えがあるの」
「考え……?」
ローラは、首を傾げた。相変わらず目から涙を流し続けているけれど、私の言葉には関心を持ってくれたみたい。
私は自分の胸を叩いた。
「この使い魔ダイアナに任せなさい!」