128話 天使と悪魔と不可視のピラミッド
懐中電灯は、狭い通路を照らし出している。私が先を行き、その後にウスマーンが続いて入り、すぐに門扉が閉まった音がした。慌てて振り向くと、ウスマーンは肩をすくめた。
「開けようがなさそうだ。だが恐らく、他に出口があるだろう」
「……そうか」
もしなかったら、と思うとゾッとする。だがもうそんなことを言っても仕方ない。男の言う通り、これを製作したものがいる以上、出口は必ずどこかにあるはずだ。
「それより……」
ウスマーンが、私を押し除けるようにして前に進んだ。
「俺が先に行こう。罠や呪術的仕掛けの解除が、俺の仕事だからな」
「あ、ああ……頼む」
先ほど、入り口で見せた献身が頭にあった。それに、罠の威力も。私には本物の霊能力があるが、それはあんな罠をすり抜けるのに使えるものではない。私はそれを、もっと確実に金になる方法で使う。
ウスマーンが、自信たっぷりの歩調でずんずん歩いて行く。
「ビシャーラ様、あんたはこのピラミッドにどんな価値を見て取った」
一瞬ためらったが、この男に本当のことを言ったとて、問題はあるまい。
「未発見の、それもきっちり霊的な封印が施されたピラミッドだ。中には確実に本物の財産が眠っているだろう。まずはそれをいただく。そうして、その封印解除と発見という奇跡を人々に知らしめて、私は新しい宗教を興す」
「ほう」
相槌を打ちつつ、ウスマーンが逞しい腕で蜘蛛の巣を払い除けるような仕草をした。
「そこを通る時は気をつけろ。今解除しておいたが、毛髪一本でも触れれば再起動する呪術がかけられている」
「呪術……」
神に祝福された私にとって、この地に古くから伝わる呪術は、理解が難しい。理解できないものは、解除しようもない。この男は易々とそれをやってのけている……ひょっとすると呪術師か何かか。そういえば先ほどはヒエログリフの解読もしていたが……。
「ビシャーラ様。あんた、教祖様になりたいのか」
「ああ」
頷くと、ウスマーンは首を傾げた。
「どうしてそんなものになりたがる? 何が楽しいんだ」
「楽しいさ。私は私の信奉する神の力を、その栄光を知らしめるのだ。私に、この霊能力を与えてくださった神の存在を……」
突如現れた階段を、ウスマーンは一歩一歩確かめながら降りて行き、私にも降りるように合図をよこす。私も恐る恐る足を踏み出し、ウスマーンが照らしてくれている僅かな光を頼りに、そろそろと降りて行く。
「あんたに霊能力を授けたのは、神なのか?」
「そうだ。私がこの力を意識することとなったのは十五歳の誕生日のことだが、その晩、神が夢に現れて囁いたのだ。この世界は私のためにあるのだと」
「その神は、あんたが今所属している教会の神とは違うのか」
「ああ。全く違う神だ。私にはわかる。長いこと別の神の元に仕えていたわけだが、それもこの力を養い、宗教というもののありようを学ぶためでしかない。機は熟した。今回のこのピラミッドの霊視は、そのみしるしなのだ」
階段を降りきり、少しひらけた場所に出た。ウスマーンは辺りを一瞬、懐中電灯で照らし、すぐに歩き出した。彼が照らす場所しか見えないので、私は慌ててその背中を追う。
「ウスマーン、ちょっと待ってくれ」
「……しっ」
突然立ち止まった彼は、静かにしろという身振りをする。黙ってその様子を見ていると、彼はバッと天井を照らした。天井は低く、私たちの頭上からわずか数十センチしか離れていない。
「なんだ?」
小声で尋ねると、男は電灯で照らし出した箇所を指差した。
「何か滴っている。恐らくは蛇の毒だろう。これも呪術の一種だ」
「毒……」
砂漠の国に生きているのだ、蛇の毒の恐ろしさはよく知っている。私は思わず身がすくんだが、ウスマーンは再び確固とした足取りで歩き出した。なかなか踏み出せない私に振り返って、彼は笑った。
「俺の後についてくれば大丈夫だ。正しいルートを選びさえすれば問題はない」
「あ、ああ……」
私はウスマーンの背にしがみつきたい衝動に駆られながら、その後ろを辿った。
「開けようがなさそうだ。だが恐らく、他に出口があるだろう」
「……そうか」
もしなかったら、と思うとゾッとする。だがもうそんなことを言っても仕方ない。男の言う通り、これを製作したものがいる以上、出口は必ずどこかにあるはずだ。
「それより……」
ウスマーンが、私を押し除けるようにして前に進んだ。
「俺が先に行こう。罠や呪術的仕掛けの解除が、俺の仕事だからな」
「あ、ああ……頼む」
先ほど、入り口で見せた献身が頭にあった。それに、罠の威力も。私には本物の霊能力があるが、それはあんな罠をすり抜けるのに使えるものではない。私はそれを、もっと確実に金になる方法で使う。
ウスマーンが、自信たっぷりの歩調でずんずん歩いて行く。
「ビシャーラ様、あんたはこのピラミッドにどんな価値を見て取った」
一瞬ためらったが、この男に本当のことを言ったとて、問題はあるまい。
「未発見の、それもきっちり霊的な封印が施されたピラミッドだ。中には確実に本物の財産が眠っているだろう。まずはそれをいただく。そうして、その封印解除と発見という奇跡を人々に知らしめて、私は新しい宗教を興す」
「ほう」
相槌を打ちつつ、ウスマーンが逞しい腕で蜘蛛の巣を払い除けるような仕草をした。
「そこを通る時は気をつけろ。今解除しておいたが、毛髪一本でも触れれば再起動する呪術がかけられている」
「呪術……」
神に祝福された私にとって、この地に古くから伝わる呪術は、理解が難しい。理解できないものは、解除しようもない。この男は易々とそれをやってのけている……ひょっとすると呪術師か何かか。そういえば先ほどはヒエログリフの解読もしていたが……。
「ビシャーラ様。あんた、教祖様になりたいのか」
「ああ」
頷くと、ウスマーンは首を傾げた。
「どうしてそんなものになりたがる? 何が楽しいんだ」
「楽しいさ。私は私の信奉する神の力を、その栄光を知らしめるのだ。私に、この霊能力を与えてくださった神の存在を……」
突如現れた階段を、ウスマーンは一歩一歩確かめながら降りて行き、私にも降りるように合図をよこす。私も恐る恐る足を踏み出し、ウスマーンが照らしてくれている僅かな光を頼りに、そろそろと降りて行く。
「あんたに霊能力を授けたのは、神なのか?」
「そうだ。私がこの力を意識することとなったのは十五歳の誕生日のことだが、その晩、神が夢に現れて囁いたのだ。この世界は私のためにあるのだと」
「その神は、あんたが今所属している教会の神とは違うのか」
「ああ。全く違う神だ。私にはわかる。長いこと別の神の元に仕えていたわけだが、それもこの力を養い、宗教というもののありようを学ぶためでしかない。機は熟した。今回のこのピラミッドの霊視は、そのみしるしなのだ」
階段を降りきり、少しひらけた場所に出た。ウスマーンは辺りを一瞬、懐中電灯で照らし、すぐに歩き出した。彼が照らす場所しか見えないので、私は慌ててその背中を追う。
「ウスマーン、ちょっと待ってくれ」
「……しっ」
突然立ち止まった彼は、静かにしろという身振りをする。黙ってその様子を見ていると、彼はバッと天井を照らした。天井は低く、私たちの頭上からわずか数十センチしか離れていない。
「なんだ?」
小声で尋ねると、男は電灯で照らし出した箇所を指差した。
「何か滴っている。恐らくは蛇の毒だろう。これも呪術の一種だ」
「毒……」
砂漠の国に生きているのだ、蛇の毒の恐ろしさはよく知っている。私は思わず身がすくんだが、ウスマーンは再び確固とした足取りで歩き出した。なかなか踏み出せない私に振り返って、彼は笑った。
「俺の後についてくれば大丈夫だ。正しいルートを選びさえすれば問題はない」
「あ、ああ……」
私はウスマーンの背にしがみつきたい衝動に駆られながら、その後ろを辿った。