128話 天使と悪魔と不可視のピラミッド
好機はすぐに捉えるべきだ。夜が更けた頃、私はウスマーンと名乗った男を伴って『不可視のピラミッド』を目指すことにした。ラクダの足で片道二時間ほどかかるが、それほど大きくはないピラミッドなので、明け方までには中の探索を終えられるものと踏んでいる。
「ビシャーラ様。あんたの霊能力はどうやら本物のようだが、どうやって封印が施されたピラミッドを見つけたんだい」
道中、余計な口を聞かなかったウスマーンは、ラクダを降りたところでそんなことを聞いてきた。私はラクダを繋ぎながら、「お告げだよ」と答える。男がはっと笑ったのが聞こえた。
「お告げ? ファラオの?」
「ああ」
「なんて?」
「お前が私の墓の封印を解け、と。それが神のご意志でもあると」
ウスマーンは相槌すら打たずに、もう一度鼻で笑った。それがどういう理由によるものか、単に神を信仰していないのか、それとも神がそのようなことを望むはずもないと堅く信仰しているのか。
しかし、別に信じてもらわなくとも構わない。私だって、こんな話をされても信じないだろう。当時信仰されていたものとは違う宗教に属する私に、ファラオがそんなお告げをするはずがない。そして事実、そんなお告げはされていない。
「信じずとも良い」
ウスマーンは肩をすくめ、目の前に広がる砂漠を見渡した。
「さて。ここに『不可視のピラミッド』が封印されているわけだが……ビシャーラ様はここに来て封印を解いたことは?」
「来たことなら数度あるが、まだ解いたことはない。解いてしまえば人の目に映るからな。こうして夜中に来るタイミングを図っていたところだ」
ここら一帯は観光地としても有名な場所とは方角が違って入場ゲートなどとも無関係の場所だが、それでも辺りを散策する観光客もいる。封印を解いて中の下見をするにも、人通りが絶える時間帯を狙わなくてはいけない。
私はラクダを繋いだ場所から数メートル東に歩いて、立ち止まった。見ただけでは何もない。いや、普通に歩いて通り抜けることすらできる……封印を解かない限りは。
「では、封印を解こう」
「お手並み拝見」
ウスマーンは腕を組み、少し離れた位置に陣取った。私は目を瞑った。自身の額に自分の中に流れる霊力を集中させ、以前霊視したピラミッドを思い浮かべる。
「んぬぬぬぬ……」
頬を汗が伝い、ぽとぽとと夜の砂漠に落ちる。私の中を巡っていた霊力が一旦枯渇するイメージが浮かび、私は目を開いた。
そこには想像していた通りの、小規模ながら未発見のピラミッドが顕現していた。全辺を計測してみなければわからないが、今こちらに向いている一辺だけで八十メートルほどはあるのではないだろうか。
ひゅう、とウスマーンが口笛を吹く。
「やるじゃないか」
「当然だ」
私は背負っていたリュックから懐中電灯を取り出し、ちょうどこちらを向いていたピラミッドの入り口に近づいた。門扉にはヒエログリフが刻まれているが、専門家でもない私に読み解くことはできない。
「閉まっているな……」
もしも本当にファラオが私を呼び寄せたとしたら、門くらい開いていてくれるだろう。だが実際は、この近くを通りがかった時、たまたまこのピラミッドを霊視したというだけだ。私の霊力で封印を解除できたのはよかったが、ここから先は全くの未知だ。
私がヒエログリフを撫でさすったり足踏みしたりしているのをウスマーンは後ろで黙って見ていたが、私の足元で何かがカチリと音を立てた瞬間、私を突き飛ばした。
「危ない!」
ふらついた私が体勢を立て直して見ると、ウスマーンの腕に何かが刺さっているのがわかった。ナイフのようにも見えるが、象牙のようにも見える。太く白く、硬そうな何かだ。
「そ、それは」
「罠だよ。これは象牙の加工品だな。上から発射された……あんたの足がスイッチを押したんだ」
盗掘者用の罠だな、と冷静に言いながら、男は象牙を腕から抜いた。結構な量の血が流れたのが、懐中電灯の灯りに照らされる。
「血が……」
「このくらい平気さ。慣れてる」
私を庇ったのか。
私は呆然として、ウスマーンを見た。信用を得るための演技くらいはするだろうと思っていたが、その腕からの出血は本物だ。罠にも自身の出血にも動じず、私の不注意を責めることもない。
「まあ、これで少しは信用してくれたかな」
所持していたらしい包帯を腕に巻き付けながら、男はニヤリと笑う。私は目を逸らして、門扉に向き直った。
「ともかく、ここを開けないことには……」
「ああ、それなら」
ウスマーンの長い指が、先ほど象牙が発射されたらしい門扉上部に開いた穴を撫でた、ように見えた。途端、分厚く沈黙していた門扉が地響きとともに開いた。
「『犠牲を踏み越え先に進め』とさ」
門扉に描かれたヒエログリフを親指で指し、男は言った。
「ビシャーラ様。あんたの霊能力はどうやら本物のようだが、どうやって封印が施されたピラミッドを見つけたんだい」
道中、余計な口を聞かなかったウスマーンは、ラクダを降りたところでそんなことを聞いてきた。私はラクダを繋ぎながら、「お告げだよ」と答える。男がはっと笑ったのが聞こえた。
「お告げ? ファラオの?」
「ああ」
「なんて?」
「お前が私の墓の封印を解け、と。それが神のご意志でもあると」
ウスマーンは相槌すら打たずに、もう一度鼻で笑った。それがどういう理由によるものか、単に神を信仰していないのか、それとも神がそのようなことを望むはずもないと堅く信仰しているのか。
しかし、別に信じてもらわなくとも構わない。私だって、こんな話をされても信じないだろう。当時信仰されていたものとは違う宗教に属する私に、ファラオがそんなお告げをするはずがない。そして事実、そんなお告げはされていない。
「信じずとも良い」
ウスマーンは肩をすくめ、目の前に広がる砂漠を見渡した。
「さて。ここに『不可視のピラミッド』が封印されているわけだが……ビシャーラ様はここに来て封印を解いたことは?」
「来たことなら数度あるが、まだ解いたことはない。解いてしまえば人の目に映るからな。こうして夜中に来るタイミングを図っていたところだ」
ここら一帯は観光地としても有名な場所とは方角が違って入場ゲートなどとも無関係の場所だが、それでも辺りを散策する観光客もいる。封印を解いて中の下見をするにも、人通りが絶える時間帯を狙わなくてはいけない。
私はラクダを繋いだ場所から数メートル東に歩いて、立ち止まった。見ただけでは何もない。いや、普通に歩いて通り抜けることすらできる……封印を解かない限りは。
「では、封印を解こう」
「お手並み拝見」
ウスマーンは腕を組み、少し離れた位置に陣取った。私は目を瞑った。自身の額に自分の中に流れる霊力を集中させ、以前霊視したピラミッドを思い浮かべる。
「んぬぬぬぬ……」
頬を汗が伝い、ぽとぽとと夜の砂漠に落ちる。私の中を巡っていた霊力が一旦枯渇するイメージが浮かび、私は目を開いた。
そこには想像していた通りの、小規模ながら未発見のピラミッドが顕現していた。全辺を計測してみなければわからないが、今こちらに向いている一辺だけで八十メートルほどはあるのではないだろうか。
ひゅう、とウスマーンが口笛を吹く。
「やるじゃないか」
「当然だ」
私は背負っていたリュックから懐中電灯を取り出し、ちょうどこちらを向いていたピラミッドの入り口に近づいた。門扉にはヒエログリフが刻まれているが、専門家でもない私に読み解くことはできない。
「閉まっているな……」
もしも本当にファラオが私を呼び寄せたとしたら、門くらい開いていてくれるだろう。だが実際は、この近くを通りがかった時、たまたまこのピラミッドを霊視したというだけだ。私の霊力で封印を解除できたのはよかったが、ここから先は全くの未知だ。
私がヒエログリフを撫でさすったり足踏みしたりしているのをウスマーンは後ろで黙って見ていたが、私の足元で何かがカチリと音を立てた瞬間、私を突き飛ばした。
「危ない!」
ふらついた私が体勢を立て直して見ると、ウスマーンの腕に何かが刺さっているのがわかった。ナイフのようにも見えるが、象牙のようにも見える。太く白く、硬そうな何かだ。
「そ、それは」
「罠だよ。これは象牙の加工品だな。上から発射された……あんたの足がスイッチを押したんだ」
盗掘者用の罠だな、と冷静に言いながら、男は象牙を腕から抜いた。結構な量の血が流れたのが、懐中電灯の灯りに照らされる。
「血が……」
「このくらい平気さ。慣れてる」
私を庇ったのか。
私は呆然として、ウスマーンを見た。信用を得るための演技くらいはするだろうと思っていたが、その腕からの出血は本物だ。罠にも自身の出血にも動じず、私の不注意を責めることもない。
「まあ、これで少しは信用してくれたかな」
所持していたらしい包帯を腕に巻き付けながら、男はニヤリと笑う。私は目を逸らして、門扉に向き直った。
「ともかく、ここを開けないことには……」
「ああ、それなら」
ウスマーンの長い指が、先ほど象牙が発射されたらしい門扉上部に開いた穴を撫でた、ように見えた。途端、分厚く沈黙していた門扉が地響きとともに開いた。
「『犠牲を踏み越え先に進め』とさ」
門扉に描かれたヒエログリフを親指で指し、男は言った。