128話 天使と悪魔と不可視のピラミッド
とても明るく活気に溢れた国だ。
天使は滅多に自分の主要勤務地から出ることはないので、この国に来たのも数世紀ぶりになる。最後に来た時はまだ、こんなに近代的ではなかったはずだ。ただ、気温だけは記憶とほとんど変わりない。昔からこの地方は暑いのだ。天使である私には、あまり関係がないことだけれども。
「こちらです」
現地の教会に勤めるアースィムが、私の手を引く。まだ三十代ほどであろう彼は、空港から私と同僚の神父を案内してくれている。
ここエジプトではイスラム教が信仰されているが、キリスト教を信仰している者も少数ではあるがいる。天使の私にとってはどちらの信仰も等しく信仰であり、その信仰心に違いなどはないのだが、人間たちの間でそんなことを言うことはできない。二つの信仰は根本こそ同じだが、決定的な教義上の相違を抱えて融和することなく並び立っている。
様々な服装、年齢の人々の間をすり抜けて、小さな教会へ到着した。同僚の神父はカソックを脱いで腕にかけ、ハンカチで汗を拭いている。教会内もこぢんまりとしていて、ひとけがない。私たちは会衆席を横目に、教会の職員控室へ入った。
「暑かったでしょう。この教会は冷房がついていますから、どうぞごゆっくり涼んでください。お茶をどうぞ」
「ありがとうございます」
アースィムが持ってきてくれたお茶を飲んで人心地ついた私たちは、早速、彼からことのあらましを聞くことにした。ここに来たのは観光ではない、奇跡調査の仕事のためだ。
「資料は読ませていただきました。なんでも、『不可視のピラミッド』を発見した男がいるとか」
私が切り出すと、アースィムは頷いた。
「ええ。彼が言うには、そのピラミッドの主たる王、つまりそこに葬られているであろうファラオが夢の中でお告げをしたと言うんです。彼はそれを根拠に不可視のピラミッドを人々の目前に現すと言うのです」
「彼はこの教会の司祭だとか」
「そうです。滅多に冗談も言わないような真面目な男なので、今回の発言には驚いてしまって」
資料によれば、男はそのお告げを聞いて、実際にそのピラミッドを発見したという。それを人々の眼前に表す術も心得ており、定めた日に信者を呼び寄せてそれを顕現させると言うのだ。
実のところ、今回の調査は正式なものではない。正式な調査を行う手前の段階、報告を聞いた教会の上層部が、たまたま手が空いていた私に、非公式に調査を依頼したものだ。そもそもまだ行われていない奇跡だ、正式な調査などできるはずもない。この段階で虚偽だと判明すれば、大掛かりな調査隊を編成する必要もなくなる。
「おおよそのことは承知しました。できる限り早急に調べて、必要な対処をいたします」
私の言葉に、アースィムは肩の荷が降りたように息をついた。
「私はもちろん信者ではありますが、司祭ではないので……正直に申し上げまして、彼の言葉をどれだけ真剣に受け取るべきなのかわからなかったのです。年長の司祭たちは、彼を軽んじているわけではありませんが、あまり信じていない様子で取り合いもせず……。かと言って信者に対してアプローチするというのを捨て置けませんから」
話題の司祭よりもアースィムの方がよほど真面目に思え、私と同僚は顔を見合わせた。
「司祭には私からご紹介しましょうか」
アースィムの申し出に、私は首を振る。
「いえ、それには及びません。あなたが教会に報告したと言うのを、どう取られるかもわかりませんしね。私たちはあくまで研修に来たことにしておいてください」
「承知しました」
どうぞよろしくお願いします、とアースィムは深々と頭を下げた。
天使は滅多に自分の主要勤務地から出ることはないので、この国に来たのも数世紀ぶりになる。最後に来た時はまだ、こんなに近代的ではなかったはずだ。ただ、気温だけは記憶とほとんど変わりない。昔からこの地方は暑いのだ。天使である私には、あまり関係がないことだけれども。
「こちらです」
現地の教会に勤めるアースィムが、私の手を引く。まだ三十代ほどであろう彼は、空港から私と同僚の神父を案内してくれている。
ここエジプトではイスラム教が信仰されているが、キリスト教を信仰している者も少数ではあるがいる。天使の私にとってはどちらの信仰も等しく信仰であり、その信仰心に違いなどはないのだが、人間たちの間でそんなことを言うことはできない。二つの信仰は根本こそ同じだが、決定的な教義上の相違を抱えて融和することなく並び立っている。
様々な服装、年齢の人々の間をすり抜けて、小さな教会へ到着した。同僚の神父はカソックを脱いで腕にかけ、ハンカチで汗を拭いている。教会内もこぢんまりとしていて、ひとけがない。私たちは会衆席を横目に、教会の職員控室へ入った。
「暑かったでしょう。この教会は冷房がついていますから、どうぞごゆっくり涼んでください。お茶をどうぞ」
「ありがとうございます」
アースィムが持ってきてくれたお茶を飲んで人心地ついた私たちは、早速、彼からことのあらましを聞くことにした。ここに来たのは観光ではない、奇跡調査の仕事のためだ。
「資料は読ませていただきました。なんでも、『不可視のピラミッド』を発見した男がいるとか」
私が切り出すと、アースィムは頷いた。
「ええ。彼が言うには、そのピラミッドの主たる王、つまりそこに葬られているであろうファラオが夢の中でお告げをしたと言うんです。彼はそれを根拠に不可視のピラミッドを人々の目前に現すと言うのです」
「彼はこの教会の司祭だとか」
「そうです。滅多に冗談も言わないような真面目な男なので、今回の発言には驚いてしまって」
資料によれば、男はそのお告げを聞いて、実際にそのピラミッドを発見したという。それを人々の眼前に表す術も心得ており、定めた日に信者を呼び寄せてそれを顕現させると言うのだ。
実のところ、今回の調査は正式なものではない。正式な調査を行う手前の段階、報告を聞いた教会の上層部が、たまたま手が空いていた私に、非公式に調査を依頼したものだ。そもそもまだ行われていない奇跡だ、正式な調査などできるはずもない。この段階で虚偽だと判明すれば、大掛かりな調査隊を編成する必要もなくなる。
「おおよそのことは承知しました。できる限り早急に調べて、必要な対処をいたします」
私の言葉に、アースィムは肩の荷が降りたように息をついた。
「私はもちろん信者ではありますが、司祭ではないので……正直に申し上げまして、彼の言葉をどれだけ真剣に受け取るべきなのかわからなかったのです。年長の司祭たちは、彼を軽んじているわけではありませんが、あまり信じていない様子で取り合いもせず……。かと言って信者に対してアプローチするというのを捨て置けませんから」
話題の司祭よりもアースィムの方がよほど真面目に思え、私と同僚は顔を見合わせた。
「司祭には私からご紹介しましょうか」
アースィムの申し出に、私は首を振る。
「いえ、それには及びません。あなたが教会に報告したと言うのを、どう取られるかもわかりませんしね。私たちはあくまで研修に来たことにしておいてください」
「承知しました」
どうぞよろしくお願いします、とアースィムは深々と頭を下げた。