128話 天使と悪魔と不可視のピラミッド
太陽が眩しい国だ。
見上げた空は日頃拠点にしている国とは大違いに晴れ渡っており、夏という季節は本来こういうものだったなと思う。とは言ってもこの国は、悪魔である俺には平気でも、人間にとっては暑すぎるようだが。
広い国の中でも特に有名な観光地であるこの都市は、実に多様な人々で溢れている。伝統的な宗教の影響を受けた民族衣装を着ている老人や、欧米とほとんど変わらないようなラフな服装の若者、きっちりスカーフで顔を隠して歩いていく女性、裸足で駆けていく子供、などなど。皆、最高気温が四十度を超えることもあるというのに黒のTシャツにパンツで統一した俺を、遠慮なくジロジロと見ながら通り過ぎて行く。
人混みをすり抜けすり抜け、時折吹き抜ける砂混じりの風に顔をしかめながらたどり着いたのは、考古学博物館だ。現在は別の場所でプレオープン中の新しい博物館に展示品を移行中とのことだが、主要な展示物はまだ展示されているらしく、観光客の長蛇の列ができている。
俺は指を鳴らしてその前を悠々と通り過ぎ、警備員と観光客の間を潜り抜けて中へ入った。かつての輝きを未だ失わない様々な遺物たちを横目に、待ち合わせ場所である、黄金の玉座のケース前にたどり着いた。
混み合う中、細身の男が俺の隣に割り込んできて、頭を下げた。
「お久しぶりです」
どこか歯の間から空気が漏れているような、特徴的な喋り方……蛇の化身だ。自分のとそっくりの縦に長い瞳孔を確認して、俺は頷いた。
「久しぶりだな。みんな元気にやってるか」
「はい、お陰様で。一族の者たちもそれぞれの役割に徹しております。……しかし……」
急に歯切れの悪くなった男を伴って、俺は場所を移動した。この会話が人間に聞こえるわけはないが、人間以外には聞こえるはずだ。同じフロアにいるらしい清浄な気配から十分に距離をとって、俺は話を促した。
「何かあったんだろう。だから俺を呼んだ」
「はい」
男は元の姿の癖なのだろう、少し体をくねらせた。
「実は私どもが守護しているピラミッドが、盗掘の憂き目に遭いそうでして」
「盗掘だと? だがお前たちはその墓を、魔法で守っているんじゃなかったか」
信仰されている通り、この国の蛇たちは古くより、王家の墓を守る存在だ。その生態や強い毒から邪神としても恐れられながら、魔力を持った存在として特別視されてきた。蛇が特別視されること自体は何もこの国に限ったことではないが、ここでは特に王家の墓、つまりはピラミッドを守る存在であるとされたため、彼らはそれに特化した魔力を有している。と言っても、全てのピラミッドを守れるほどの能力も数もないため、霊感の優れた王から生前に頼まれた場合にのみ、守護することにしていると聞いていた。
男は困ったように、細長い舌をちろりと出した。
「そうなんですが……どうやらその人間には霊感があるようでして」
「ふん。なるほど。お前たちの魔力と同等か、それとも少しばかりそいつの霊感の方が上回っているのか……」
ここの蛇たちは、悪魔に仕える使い魔ではない。いや、中にはそういうのも多少はいるかもしれないが、多くがフリーで、人間との契約を行なって魔力を行使している。彼らは悪魔に使役されない分行動に制約がないが、悪魔からの魔力供給を受けられない。だから、霊感の強い人間に押し負けてしまうことも、時にはあるのだ。
しゅんとしてしまったその肩を叩いてやると、男はパッと顔を上げた。
「心配するな。縁の近いお前らの窮状だ、俺が何とかしてやる」
「あ、ありがとうございます……!」
何度も礼を言う男から情報を聞き出して、俺は博物館を出た。さて、どこから攻めようか。
見上げた空は日頃拠点にしている国とは大違いに晴れ渡っており、夏という季節は本来こういうものだったなと思う。とは言ってもこの国は、悪魔である俺には平気でも、人間にとっては暑すぎるようだが。
広い国の中でも特に有名な観光地であるこの都市は、実に多様な人々で溢れている。伝統的な宗教の影響を受けた民族衣装を着ている老人や、欧米とほとんど変わらないようなラフな服装の若者、きっちりスカーフで顔を隠して歩いていく女性、裸足で駆けていく子供、などなど。皆、最高気温が四十度を超えることもあるというのに黒のTシャツにパンツで統一した俺を、遠慮なくジロジロと見ながら通り過ぎて行く。
人混みをすり抜けすり抜け、時折吹き抜ける砂混じりの風に顔をしかめながらたどり着いたのは、考古学博物館だ。現在は別の場所でプレオープン中の新しい博物館に展示品を移行中とのことだが、主要な展示物はまだ展示されているらしく、観光客の長蛇の列ができている。
俺は指を鳴らしてその前を悠々と通り過ぎ、警備員と観光客の間を潜り抜けて中へ入った。かつての輝きを未だ失わない様々な遺物たちを横目に、待ち合わせ場所である、黄金の玉座のケース前にたどり着いた。
混み合う中、細身の男が俺の隣に割り込んできて、頭を下げた。
「お久しぶりです」
どこか歯の間から空気が漏れているような、特徴的な喋り方……蛇の化身だ。自分のとそっくりの縦に長い瞳孔を確認して、俺は頷いた。
「久しぶりだな。みんな元気にやってるか」
「はい、お陰様で。一族の者たちもそれぞれの役割に徹しております。……しかし……」
急に歯切れの悪くなった男を伴って、俺は場所を移動した。この会話が人間に聞こえるわけはないが、人間以外には聞こえるはずだ。同じフロアにいるらしい清浄な気配から十分に距離をとって、俺は話を促した。
「何かあったんだろう。だから俺を呼んだ」
「はい」
男は元の姿の癖なのだろう、少し体をくねらせた。
「実は私どもが守護しているピラミッドが、盗掘の憂き目に遭いそうでして」
「盗掘だと? だがお前たちはその墓を、魔法で守っているんじゃなかったか」
信仰されている通り、この国の蛇たちは古くより、王家の墓を守る存在だ。その生態や強い毒から邪神としても恐れられながら、魔力を持った存在として特別視されてきた。蛇が特別視されること自体は何もこの国に限ったことではないが、ここでは特に王家の墓、つまりはピラミッドを守る存在であるとされたため、彼らはそれに特化した魔力を有している。と言っても、全てのピラミッドを守れるほどの能力も数もないため、霊感の優れた王から生前に頼まれた場合にのみ、守護することにしていると聞いていた。
男は困ったように、細長い舌をちろりと出した。
「そうなんですが……どうやらその人間には霊感があるようでして」
「ふん。なるほど。お前たちの魔力と同等か、それとも少しばかりそいつの霊感の方が上回っているのか……」
ここの蛇たちは、悪魔に仕える使い魔ではない。いや、中にはそういうのも多少はいるかもしれないが、多くがフリーで、人間との契約を行なって魔力を行使している。彼らは悪魔に使役されない分行動に制約がないが、悪魔からの魔力供給を受けられない。だから、霊感の強い人間に押し負けてしまうことも、時にはあるのだ。
しゅんとしてしまったその肩を叩いてやると、男はパッと顔を上げた。
「心配するな。縁の近いお前らの窮状だ、俺が何とかしてやる」
「あ、ありがとうございます……!」
何度も礼を言う男から情報を聞き出して、俺は博物館を出た。さて、どこから攻めようか。