124話 焦がされはしない
太陽の眩しい昼日中に、マイケルが訪ねてきた。訪ねてきたと言っても、俺はあいつに自宅の部屋番号を教えていないので、家の中に入ってきたわけではない。全く嫌なことに、あいつは俺の仕事現場にやって来たのだった。ちょうど汚れ仕事に使っている人間たちを帰した後だったからまだよかったが、そうでなかったら記憶を弄らなくてはいけないところだ。
「師匠、今日も修行に付き合ってくださいませんか」
「いやだ。お前はバチカンでエクソシズムを学んできたんだろう。一人でやれ」
悪魔である俺のことを実力のあるエクソシストだと勘違いしているマイケルは、神父の仕事の合間を縫って、俺にこうして『修行』をせがむ。時々は適当にからかって遊んでやるが、毎回付き合ってなどいられない。しかしマイケルは容易には引き下がらず、結局俺は手近な喫茶店に引きずり込まれた。
「師匠、聖書の中でも悪魔に効くと考えられている節についてご助言願えませんか」
「ああ? んなもん、テキトーに唱えて効いてそうなもんを繰り返せばいいだろ」
あくびまじりに答えるが、マイケルは真面目な顔で俺の言葉をノートにメモしている。悪魔にとって都合の良い情報を吹き込めるという意味では非常に美味しい関係性ではあるが、こうも素直だと心配にすらなってくる。
「なあマイケル。お前、ちょっと真剣すぎやしないか」
俺の問いかけに、ブラウンの瞳が俺をまっすぐ見上げる。
「僕は早く一人前の……師匠のようなエクソシストになりたいんです」
「俺のような、ねえ……」
落ち着いたセピア色の照明に照らされた店内だが、窓からは眩しすぎる光が差し込んでいる。俺はそれを見上げた。
「あまり何かに焦がれすぎるのもいいことじゃあないぜ。もちろん何事かを成し遂げるにはある程度の情熱が必要だが……、イカロスの話を、お前だって知らないわけじゃないだろう」
翼を得た少年は焦がれていた空に舞い上がり、太陽に近づきすぎて、落とされた。人間の慢心が招いた悲劇だ。人間が悪魔を退治できるなんて考えも、俺からすれば似たようなものだ。
しかしマイケルの真剣な瞳は、ちっとも揺らがなかった。
「僕は慢心しません。ただ実直に、実力を身につけていきたいのです」
返す言葉が、すぐには見つからなかった。こいつは本気でそう思っている。俺は座り直して、その目を見つめ返した。
「まあ、それならいいんだがな」
「それじゃあ早速」
「だが、ちょっと待て。いいか、情熱は欲望の裏返しだ。悪魔は人間の欲望が好物だから、少しは節度を持ってだな」
俺の言葉を、マイケルは「それなら大丈夫です」と遮った。疑問符を浮かべる俺に、新米エクソシストは自信満々の笑顔で言い放った。
「僕のことは、師匠が守ってくれますから!」
「師匠、今日も修行に付き合ってくださいませんか」
「いやだ。お前はバチカンでエクソシズムを学んできたんだろう。一人でやれ」
悪魔である俺のことを実力のあるエクソシストだと勘違いしているマイケルは、神父の仕事の合間を縫って、俺にこうして『修行』をせがむ。時々は適当にからかって遊んでやるが、毎回付き合ってなどいられない。しかしマイケルは容易には引き下がらず、結局俺は手近な喫茶店に引きずり込まれた。
「師匠、聖書の中でも悪魔に効くと考えられている節についてご助言願えませんか」
「ああ? んなもん、テキトーに唱えて効いてそうなもんを繰り返せばいいだろ」
あくびまじりに答えるが、マイケルは真面目な顔で俺の言葉をノートにメモしている。悪魔にとって都合の良い情報を吹き込めるという意味では非常に美味しい関係性ではあるが、こうも素直だと心配にすらなってくる。
「なあマイケル。お前、ちょっと真剣すぎやしないか」
俺の問いかけに、ブラウンの瞳が俺をまっすぐ見上げる。
「僕は早く一人前の……師匠のようなエクソシストになりたいんです」
「俺のような、ねえ……」
落ち着いたセピア色の照明に照らされた店内だが、窓からは眩しすぎる光が差し込んでいる。俺はそれを見上げた。
「あまり何かに焦がれすぎるのもいいことじゃあないぜ。もちろん何事かを成し遂げるにはある程度の情熱が必要だが……、イカロスの話を、お前だって知らないわけじゃないだろう」
翼を得た少年は焦がれていた空に舞い上がり、太陽に近づきすぎて、落とされた。人間の慢心が招いた悲劇だ。人間が悪魔を退治できるなんて考えも、俺からすれば似たようなものだ。
しかしマイケルの真剣な瞳は、ちっとも揺らがなかった。
「僕は慢心しません。ただ実直に、実力を身につけていきたいのです」
返す言葉が、すぐには見つからなかった。こいつは本気でそう思っている。俺は座り直して、その目を見つめ返した。
「まあ、それならいいんだがな」
「それじゃあ早速」
「だが、ちょっと待て。いいか、情熱は欲望の裏返しだ。悪魔は人間の欲望が好物だから、少しは節度を持ってだな」
俺の言葉を、マイケルは「それなら大丈夫です」と遮った。疑問符を浮かべる俺に、新米エクソシストは自信満々の笑顔で言い放った。
「僕のことは、師匠が守ってくれますから!」