122話 目を開いて

 平日昼間の公園にもいろんな人がいる。僕はそれを、あの頃に知った。
 砂場の砂を手で掬い、指の間からサラサラと落とすことを繰り返しながら、今頃学校では一時限目が始まった頃だなと考えていた。春に入学した学校に、友達なんて一人もいない。そんなこと気にしなくていいとママは言うけれど、気にしなくていいのは気にしなくていいだけの何かを持っている人だけだ。僕にはそんなものはない。
「坊ちゃん、何やってんだ」
 僕の他に、子供は見当たらない。声のした方を見ると、若い男の人がベンチに座っていた。立ったらさぞかし背が高いんだろう。退屈そうに背もたれに寄りかかって、長い足を砂場の方に投げ出している。そしてこの太陽の下だというのに、全身黒づくめだった。
「……お兄ちゃん、悪い人?」
「そうだよ。人じゃないけどな」
 唇を歪めるようにしてニヤリと笑うその表情は、全然悪い人には見えなかった。ママが見たら喜びそうな顔立ちの人だ。
「役者さんかモデルでもやってるの?」
「はっ。それよかもっと面白い仕事をしてるよ」
「今は暇そうだけど」
「そう見えるだろうが、これでも大事な仕事中でね。まあ暇を持て余す仕事なわけだが……で、何をやってたんだ?」
 男の人は前屈みになって、膝に肘を置いて頬杖をついた。
「別に……。キラキラしてる石を見てただけ」
 砂場にはそういう小さな小さな石が混ざっている。光を反射して光る、透明で綺麗な石だ。僕はそういうものを見るのが好きで、でも同い年の子供たちはもうそういう遊びは卒業してしまったらしい。僕は誰とも話が合わないのだ。
 そんな気持ちでおざなりに答えたので、返ってきた男の人の言葉に、思わず立ち上がってしまった。
「ふうん。石英探しか」
「石英?」
「ああ。そのキラキラした透明度の高い石は石英という。母さんが水晶のネックレスでも持ってないか。あれは石英の中でも特に透明なものを言うんだ」
 そんな話、聞いたことがなかった。もしかしたらもっと上の学年で習うのかもしれないけれど。
「そうなんだ、これ石英っていうんだ……」
 ただのキラキラした石じゃなかった。こんなに小さくて、同学年の子達は見向きもしない物にも、名前があるんだ。
 今まで開いていなかった目が、開いたみたいな気がした。
「石英は鉱物の一種だ。鉱物ってのは地球の細胞なんて言われている」
「地球の細胞……」
 それじゃあ、これまで僕が砂場や運動場、花壇の土や海岸なんかで拾い集めてきたたくさんの石たちも。
「ねえ、お兄ちゃん! 明日もここに来る?」
 男の人は頷いて、僕はそれから一週間ほど毎日、砂場に通い詰めた。男の人は何でも知っていて、僕のコレクションの一つ一つについて詳しく教えてくれた。きっと彼も僕が学校をサボっていることくらいわかっていたと思うけれど、それについては何も言わなかった。僕は自分が集めてきた石の名前を知った。性質を知った。話しているうちに、地球の海がどうやってできたのかを知る手掛かりとして、鉱物が役立つということすら知った。
 自分の好きなものが取るに足りないものではないことがわかって、僕はようやく学校に行く気力を取り戻した。
 最後に彼と会った日、彼はとっておきのジョークを話すみたいに言った。
「お前が将来大物になる手助けをしてやろうか。ただし、そうなったらお前の魂をいただくことになるんだが」
 僕は笑った。彼にそんな気がないことはよくわかっていたから。それに、手助けならもう十分してもらった。僕は手を振って彼と別れた。結局最後まで、彼が本当は何の仕事をしていたのかはわからないままだったけれど。

「小惑星から採取した鉱物によって、地球の海の起源に迫る研究が進んだらしいね」
 新聞の朝刊に目を通していた天使が言った。俺にはあまり興味のない話題だ。
「研究者の人が話している、子供の頃に出会った恩人というのが、全身黒づくめで長身、俳優みたいに整った顔の男だったらしいよ。何だか誰かさんに似ているね」
「他人の空似じゃないか」
 肩をすくめて答える。輝く砂つぶに目を凝らしていた、少年の姿が目に浮かんだ。
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