120話 白花の愛
その日は朝からとても暑くて、アダムと二人で街のあちこちを見て回っている間に、身体中から水分が失われてしまったのがわかった。
「アダム、私もう喉カラカラよ。そこのジュース買いましょう」
私が屋台を指差すと、アダムは天使様そっくりの青い目を丸くした。
「ダイアナ、それはつまり、喉が渇いた、ということですか?」
「ええ、そうよ。アダムだって喉が渇いたでしょう」
アダムはふるふると首を振った。
「いいえ」
それでようやく思い出した。天使も悪魔も、人間の肉体を持ってはいても、本来、飲食の必要はないのだ。だから当然、喉は渇かない。それにアダムの場合は天使様とは違って、完全な人間の体を持っているわけではないらしいし……。
私はちょっと考えて、アダムに尋ねた。
「それじゃあアダムは、食べたり飲んだりできないの?」
「いえ、必要がないだけですので! やろうと思えばできます!」
「なんだ、そうなのね。それなら、飲んでみましょうよ」
「はい!」
アダムの瞳が輝く。最初は天使様とそっくりな気がしていたけれど、天使様のような落ち着きは、彼にはない。彼の中にあるのは、この世界に対する尽きぬ興味と好奇心だ。
屋台のお兄さんは何を勘違いしたのか、私とアダムのジュースそれぞれに、カップル用に先が二つに分かれている、ハート型のストローを差してくれた。可愛いから別にいいけれど、私もアダムも、自分のストローに口をつける。
トロピカルジュースは色々な果物の味が混ざり合っていて複雑で、アダムには複雑すぎたみたいだった。初めての「味」に、アダムはどうしたらいいのかよくわからないという顔で、でも頑張って笑顔を作った。日陰に立ってちゅうちゅうストローを吸っているとき、聞き覚えのある声に呼びかけられ、振り向くとそこにはマツリカが立っていた。長い黒髪を今日はリボンで束ねているみたいで、涼しげなワンピース姿がとても可愛い。
「偶然ね。そちらは……ダイアナにご兄弟なんていたかしら」
「兄弟じゃないわ。通っている教会の神父様の、親戚の男の子なの。アダム、こちらマツリカ。私の親友よ」
アダムは満面の笑みでマツリカと握手し、また「味」との格闘に戻った。
「あら、そうなのね。そっくりだから、てっきり。じゃあ、そのストロー……」
「ああ、これ。ハート型で可愛いわよね! あ、そうだ、マツリカもこれなら一緒に飲めるわよ。せっかくだから一緒に飲みましょうよ」
とても暑い昼間なので私としてはいい提案だと思ったのだけど、マツリカは一瞬、戸惑ったように目を泳がせて、アダムを見た。
「え、でも、いいの……? だって、それカップル用じゃ」
「店員さんに勘違いされちゃっただけだもの。アダムにはアダムの分があるし……あ、それとも一緒に飲むの、嫌だった?」
私は慌ててカップを引っ込めようとした。けれど、マツリカがそれを柔らかく止めて、首を振った。
「いいえ、嬉しいお誘いだわ。一緒に飲みたい」
「ふふ。可愛いストローをもらった甲斐があったわね」
私とマツリカは、ハート型のストローで仲良くジュースを味わって、それから別れた。一人で頑張って飲み干したらしいアダムは、マツリカの後ろ姿を見ながら「人間の愛って素敵ですね!」と、よくわからないことを呟いた。
「アダム、私もう喉カラカラよ。そこのジュース買いましょう」
私が屋台を指差すと、アダムは天使様そっくりの青い目を丸くした。
「ダイアナ、それはつまり、喉が渇いた、ということですか?」
「ええ、そうよ。アダムだって喉が渇いたでしょう」
アダムはふるふると首を振った。
「いいえ」
それでようやく思い出した。天使も悪魔も、人間の肉体を持ってはいても、本来、飲食の必要はないのだ。だから当然、喉は渇かない。それにアダムの場合は天使様とは違って、完全な人間の体を持っているわけではないらしいし……。
私はちょっと考えて、アダムに尋ねた。
「それじゃあアダムは、食べたり飲んだりできないの?」
「いえ、必要がないだけですので! やろうと思えばできます!」
「なんだ、そうなのね。それなら、飲んでみましょうよ」
「はい!」
アダムの瞳が輝く。最初は天使様とそっくりな気がしていたけれど、天使様のような落ち着きは、彼にはない。彼の中にあるのは、この世界に対する尽きぬ興味と好奇心だ。
屋台のお兄さんは何を勘違いしたのか、私とアダムのジュースそれぞれに、カップル用に先が二つに分かれている、ハート型のストローを差してくれた。可愛いから別にいいけれど、私もアダムも、自分のストローに口をつける。
トロピカルジュースは色々な果物の味が混ざり合っていて複雑で、アダムには複雑すぎたみたいだった。初めての「味」に、アダムはどうしたらいいのかよくわからないという顔で、でも頑張って笑顔を作った。日陰に立ってちゅうちゅうストローを吸っているとき、聞き覚えのある声に呼びかけられ、振り向くとそこにはマツリカが立っていた。長い黒髪を今日はリボンで束ねているみたいで、涼しげなワンピース姿がとても可愛い。
「偶然ね。そちらは……ダイアナにご兄弟なんていたかしら」
「兄弟じゃないわ。通っている教会の神父様の、親戚の男の子なの。アダム、こちらマツリカ。私の親友よ」
アダムは満面の笑みでマツリカと握手し、また「味」との格闘に戻った。
「あら、そうなのね。そっくりだから、てっきり。じゃあ、そのストロー……」
「ああ、これ。ハート型で可愛いわよね! あ、そうだ、マツリカもこれなら一緒に飲めるわよ。せっかくだから一緒に飲みましょうよ」
とても暑い昼間なので私としてはいい提案だと思ったのだけど、マツリカは一瞬、戸惑ったように目を泳がせて、アダムを見た。
「え、でも、いいの……? だって、それカップル用じゃ」
「店員さんに勘違いされちゃっただけだもの。アダムにはアダムの分があるし……あ、それとも一緒に飲むの、嫌だった?」
私は慌ててカップを引っ込めようとした。けれど、マツリカがそれを柔らかく止めて、首を振った。
「いいえ、嬉しいお誘いだわ。一緒に飲みたい」
「ふふ。可愛いストローをもらった甲斐があったわね」
私とマツリカは、ハート型のストローで仲良くジュースを味わって、それから別れた。一人で頑張って飲み干したらしいアダムは、マツリカの後ろ姿を見ながら「人間の愛って素敵ですね!」と、よくわからないことを呟いた。