116話 人間界へようこそ

 その日、天使様が呼んだのは珍しいことにお兄様ではなく、私だった。天使様のご自宅に正式に招かれたのは初めてなので緊張しながらお部屋に入ると、そこには天使様だけではない、見知らぬ男の子が立っていた。白いシャツと白いショートパンツを身につけていて、天使様のようにふわふわの金髪が可愛らしい。青い瞳も天使様にそっくり。年齢は十四、五歳くらいに見える……私と同い年くらいに。
「やあ、ダイアナちゃん。来てくれてありがとう。今日はこの子を紹介したくて」
 天使様がその子の背中を柔らかく押すと、彼は大きな声でハキハキと言った。
「初めまして! 今日から人間界について一ヶ月間の勉強をしに来ました! ダイアナ・エバ・クラークさん、よろしくお願いします!」
「よろしくって……え? 人間界についての勉強? じゃ、じゃあこの子は」
「そう、天使なんだ」
 天使様が微笑む。
「見ての通り、この子はまだ見習いでね。普段は天界で天使の業務について学んでいるのだけれど、今回、自由研究をすることになって……その指導担当が私になったので、それなら実際に人間界に来て色々見て学んだらいいと思って」
 なるほど、この子も天使だったのか。だから、悪魔であるお兄様ではなく、お兄様の使い魔ではあっても元人間で聖性の強い存在と接することのできる私に、紹介してくれたんだろう。……いや、それにしてもどうして紹介を?
「この子の外見は、そのまま魂の成熟度合いを表しているんだ。つまり、実年齢はともかくとして、内面はダイアナちゃんと同じくらいの年齢なんだよ。だから、この国の文化について一緒に見て回ってくれたら、彼も楽しめるんじゃないかと思って」
 私の学校の先生も、天使様みたいな配慮をしてくれる人ばかりになってくれたらいいのに。なんて思いながら、私は頷いた。
「それは楽しそうなお話ね! こちらこそ、よろしく。えっと……」
「ボクの呼称名は、ダイアナ・エバ・クラークさんのお好きなようにしてください!」
 天使と悪魔はお互いに呼び交わすようなことをしてはいけないのだと聞いたことがある。私は悪魔と言っても元人間で使い魔で特殊体質者だから別に呼ばれても問題ないのだろうけれど、私の方がこの男の子の名前を呼ぶのは、何かしら問題があるのかもしれない。
「それじゃあ、そうね……。うーん。アダム、なんてどうかしら」
 男の子の顔が、パッと明るくなった。
「アダム! いい名前ですね!」
「最初の人間の名前か。ダイアナちゃんの洗礼名から発想したのかな。とてもいいアイディアだ」
 天使様も男の子……アダムも嬉しそうで、私も嬉しくなる。
「それじゃあアダム、私のことはダイアナって呼んでね。人間は親しい相手のことをフルネームで呼んだりしないものなの」
「そうなんですね! わかりました、ダイアナ!」
 こうして私の友達に、天使の男の子が加わった。なんだか楽しい夏になりそうだ。
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