114話 La Tomatina!
なぜ今日この日、この時間帯のこの場所に呼び出されたのか、大きな疑問を抱きながら、俺はその街の通りに立っていた。あちこちから人間たちの歓声が上がり、目の前を赤く丸い野菜が飛び交う。俺のすぐ隣でも真っ赤な飛沫が上がり、酸っぱいような甘いような、汁の匂いが漂っている。世界でも稀な奇祭は始まったばかりで、これからこの街は一時間をかけて赤く染まってゆくのだ。
「イェー!」
誰かが投げたトマトは俺に当たらず、後ろにいた人間に当たって弾けた。すかさずその人間が投げ返したトマトも俺には当たらず、他の誰かに当たる。俺にはその実も、液も当たらない。腕時計を確認しながら歩を進め、指定された座標に辿り着く。と、背中に誰かの指が突きつけられたのを感じた。
「へい兄ちゃん、これが銃なら死んでるぜ」
よく知っているその声に、俺はため息をつきながら両手をあげて振り向いた。目の前には俺と同じくらいの身長の、つまりは非常に背の高い黒髪の女……やたらと派手な黄色いワンピースを着た女が立っている。
「おかげでピンピンしてるよ。お前のユーモアセンスは昔から変わらんな」
雷の悪魔は、ギラギラと光る稲妻を宿した黒目を細めた。
「はっは! あんたも変わってないね、変わり者ってとこがさ」
肩を並べて歩きだす。飛び交うトマトが悉く、俺たちを避けていく。
「全く、なんだってトマト祭の会場なんて場所を待ち合わせに選んだんだ? 俺は赤色も嫌いじゃあないが、人間が流す赤色の方が好みなんだが」
「あたしが好きなもんでね」
どいつもこいつも真っ赤で、地獄に似てるじゃないか、と彼女は笑った。俺は肩をすくめる。
「地獄はそんなに好きじゃない」
「だろうね。あんたはこっちにいる方が性に合ってるんだろうさ。仕事の時だけこっちに来るあたしとは違って」
「それで、今日はどんな仕事の話だ?」
雷の悪魔はハイヒールの甲で蹴り上げたトマトを掴み、無造作に横に放り投げた。当たった男がかなりの衝撃を受けて尻餅をついたのが見える。
「今日は仕事の話じゃないよ。久々にオフだから、旧友と話したくてね。そうそう、使い魔の嬢ちゃんに会ったよ。あんなに可愛い嬢ちゃんを手元に置いておけるなんて、羨ましいったらない」
「ふん。行きがかり上、命を助けただけさ」
どうだか、と女は笑う。
「だが、確かにあいつは可愛い……それは認める。何せ、俺の愛する天使にそっくりだからな」
ハイヒールの音が止み、女が立ち止まる。見ると、ものすごく嫌そうな顔で俺を見ていた。
「聞いてはいたけど、天使に懸想するなんて、マジで信じられないよ。気持ち悪う」
「言ったな」
俺は手近にあったトマトを女に投げつけた。黄色いワンピースに、赤い染みが広がる。
「おっ、やったな!」
女は嬉しそうに投げ返し、俺は即座にそれに応戦した。人間たちの中に混じって、俺たちは俺たちにしか当たらないトマトを投げ合い続けた。
「イェー!」
誰かが投げたトマトは俺に当たらず、後ろにいた人間に当たって弾けた。すかさずその人間が投げ返したトマトも俺には当たらず、他の誰かに当たる。俺にはその実も、液も当たらない。腕時計を確認しながら歩を進め、指定された座標に辿り着く。と、背中に誰かの指が突きつけられたのを感じた。
「へい兄ちゃん、これが銃なら死んでるぜ」
よく知っているその声に、俺はため息をつきながら両手をあげて振り向いた。目の前には俺と同じくらいの身長の、つまりは非常に背の高い黒髪の女……やたらと派手な黄色いワンピースを着た女が立っている。
「おかげでピンピンしてるよ。お前のユーモアセンスは昔から変わらんな」
雷の悪魔は、ギラギラと光る稲妻を宿した黒目を細めた。
「はっは! あんたも変わってないね、変わり者ってとこがさ」
肩を並べて歩きだす。飛び交うトマトが悉く、俺たちを避けていく。
「全く、なんだってトマト祭の会場なんて場所を待ち合わせに選んだんだ? 俺は赤色も嫌いじゃあないが、人間が流す赤色の方が好みなんだが」
「あたしが好きなもんでね」
どいつもこいつも真っ赤で、地獄に似てるじゃないか、と彼女は笑った。俺は肩をすくめる。
「地獄はそんなに好きじゃない」
「だろうね。あんたはこっちにいる方が性に合ってるんだろうさ。仕事の時だけこっちに来るあたしとは違って」
「それで、今日はどんな仕事の話だ?」
雷の悪魔はハイヒールの甲で蹴り上げたトマトを掴み、無造作に横に放り投げた。当たった男がかなりの衝撃を受けて尻餅をついたのが見える。
「今日は仕事の話じゃないよ。久々にオフだから、旧友と話したくてね。そうそう、使い魔の嬢ちゃんに会ったよ。あんなに可愛い嬢ちゃんを手元に置いておけるなんて、羨ましいったらない」
「ふん。行きがかり上、命を助けただけさ」
どうだか、と女は笑う。
「だが、確かにあいつは可愛い……それは認める。何せ、俺の愛する天使にそっくりだからな」
ハイヒールの音が止み、女が立ち止まる。見ると、ものすごく嫌そうな顔で俺を見ていた。
「聞いてはいたけど、天使に懸想するなんて、マジで信じられないよ。気持ち悪う」
「言ったな」
俺は手近にあったトマトを女に投げつけた。黄色いワンピースに、赤い染みが広がる。
「おっ、やったな!」
女は嬉しそうに投げ返し、俺は即座にそれに応戦した。人間たちの中に混じって、俺たちは俺たちにしか当たらないトマトを投げ合い続けた。