112話 罰はご褒美
マツリカは私の大親友だ。彼女はご両親の仕事の都合でこの国に渡ってきた日本人の女の子で、そういう境遇も私と似ている。だからというわけではないけれど、私とはとても気が合った。黒くて繊細な髪の毛が腰まで優雅に広がっていて、髪と同じ色の丸い目が、笑うときにくしゃっと細くなる、とても可愛い女の子。性格も良くて、いつも穏やかなのに大事なところは譲らない、芯の強さを持った素敵な子。
なのだけど。
今、マツリカはとっても怒っている。
「ダイアナ、さすがの私でも怒るわよ」
彼女のことをよく知らない人が見れば、柔和な表情に見えるかもしれない、けれども確実に頬のあたりをひきつらせた表情のマツリカに、私は勢いよく頭を下げた。
「あーん、ごめんなさい! 本当に私が悪かったわ!」
学校の本館とは少し離れたところに建つ図書館前で、私とマツリカは向かい合っている。私が差し出した一冊の本を受け取って、マツリカはふうとため息をついた。
「全くもう。ダイアナったら、半年も本を借りっぱなしにしていたなんて。他の図書係が担当だったら、もっとこっぴどく怒られてたに違いないわよ」
「本当にごめんなさい! 部屋中探してもなかなか見つからなくて」
確かに家の中に置いていた筈なのに数ヶ月探しても見つからなかったのは、お兄様の地下書庫を掃除した時に休憩がてら読んで、そのまま忘れてきてしまっていたからだった。お兄様の地下書庫はどういう理屈かわからないけれども異様に広くて、何層にも分かれているし、時々他の誰かの仕業なのか、勝手に棚の配置が変わってしまうのだ。摩訶不思議な迷宮と言っていいそこに一冊の本を紛れさせてしまったのは、痛恨のミスだった。
「まあ、見つかって良かったわ。新しいのを購入しないといけないかと思ってたから」
本の確認をしながらマツリカは言い、少しホッとした私を、じっと見た。
「でも、ダイアナ。この半年間、この本を読みたかった他の人に迷惑をかけたのは間違いないのだから……」
「は、はい」
「罰として、これから半年間、私の図書係の仕事を一緒に手伝うこと!」
ビシッと言われて思わず背筋が伸びる。けれどすぐに笑いが込み上げてきて、私は口元を手で押さえた。
「マツリカ、それって」
むしろ、ご褒美じゃないの。
危なく口が滑るところだった。本の虫であるマツリカは進んで図書係を務めているので、週に何回か、放課後に全く会えないことがある。でも、その仕事を手伝うということは……その間、一緒にいられるということだ。
大好きな親友と一緒に仕事ができるなんて、そんなの罰なはずがない。
「なあに、ダイアナ?」
「ううん、なんでも!」
心なしか、マツリカだって嬉しそうだ。私は多分隠しきれていない笑みを抑えながら、彼女と一緒に図書館へ足を踏み入れた。
なのだけど。
今、マツリカはとっても怒っている。
「ダイアナ、さすがの私でも怒るわよ」
彼女のことをよく知らない人が見れば、柔和な表情に見えるかもしれない、けれども確実に頬のあたりをひきつらせた表情のマツリカに、私は勢いよく頭を下げた。
「あーん、ごめんなさい! 本当に私が悪かったわ!」
学校の本館とは少し離れたところに建つ図書館前で、私とマツリカは向かい合っている。私が差し出した一冊の本を受け取って、マツリカはふうとため息をついた。
「全くもう。ダイアナったら、半年も本を借りっぱなしにしていたなんて。他の図書係が担当だったら、もっとこっぴどく怒られてたに違いないわよ」
「本当にごめんなさい! 部屋中探してもなかなか見つからなくて」
確かに家の中に置いていた筈なのに数ヶ月探しても見つからなかったのは、お兄様の地下書庫を掃除した時に休憩がてら読んで、そのまま忘れてきてしまっていたからだった。お兄様の地下書庫はどういう理屈かわからないけれども異様に広くて、何層にも分かれているし、時々他の誰かの仕業なのか、勝手に棚の配置が変わってしまうのだ。摩訶不思議な迷宮と言っていいそこに一冊の本を紛れさせてしまったのは、痛恨のミスだった。
「まあ、見つかって良かったわ。新しいのを購入しないといけないかと思ってたから」
本の確認をしながらマツリカは言い、少しホッとした私を、じっと見た。
「でも、ダイアナ。この半年間、この本を読みたかった他の人に迷惑をかけたのは間違いないのだから……」
「は、はい」
「罰として、これから半年間、私の図書係の仕事を一緒に手伝うこと!」
ビシッと言われて思わず背筋が伸びる。けれどすぐに笑いが込み上げてきて、私は口元を手で押さえた。
「マツリカ、それって」
むしろ、ご褒美じゃないの。
危なく口が滑るところだった。本の虫であるマツリカは進んで図書係を務めているので、週に何回か、放課後に全く会えないことがある。でも、その仕事を手伝うということは……その間、一緒にいられるということだ。
大好きな親友と一緒に仕事ができるなんて、そんなの罰なはずがない。
「なあに、ダイアナ?」
「ううん、なんでも!」
心なしか、マツリカだって嬉しそうだ。私は多分隠しきれていない笑みを抑えながら、彼女と一緒に図書館へ足を踏み入れた。