108話 明日はもっと
「お兄様! お願いがあるの。これ!」
学校から帰るなり駆け寄ってきたダイアナは、手に三十センチの定規を持っていた。
「なんだ?」
「身長を測って欲しいの!」
どうやら学校で行われた身体測定で、昨年と比べて一ミリも伸びていなかったのが不満だったらしい。
「納得いかないわ。私、成長期なのに!」
「そういうことならこっちの方がいいだろ」
空中からメジャーを取り出しはしたが、……どうしたものか。
俺は少し思案し、ちゃんと伝えた方がいいだろうと結論を下した。とりあえずダイアナを座らせて、その青い瞳に視線を合わせる。
「あのな、ダイアナ。きちんと言ったことがなかったかもしれないが、お前はもう人間じゃないから成長しないんだ」
蒼天の瞳が一瞬見開かれ、光の粒が揺れ惑う。まつ毛が震え、テーブルに置かれた拳に力が込められたのがわかった。
「……そ、そうなの……」
どうにか絞り出した声はか細く、常の元気さが消え失せてしまった。俺は自分の呼吸が浅くなっていたことに気がついて、姿勢を正した。ダイアナの視線が俺からテーブルの上へと落ちる。
「そうよね、使い魔だから……成長しちゃ、おかしなことになるわよね」
「ダイアナ……」
不死身なのに成長し続けたら大変なおばあちゃんになっちゃうもの、と無理に笑おうとするダイアナの手を、俺は握った。生粋の悪魔ではない印に、その手はとても温かい。天使のものとも違う、人間の少女の温もりが、確かに残っている。
「ダイアナ。お前は確かに肉体的には成長しない。だが、お前が日々成長していることを、俺は知ってる。昨日できなかったことが、今日にはできるようになっている。昨日知らなかったことを、今日には知っている。今日できなかったこと、知らなかったことは、明日できるようになるし、知ることになるだろう」
ダイアナは、俺の目を見た。涙の膜に覆われたそれは、何度も瞬きした。
「お前は俺と出会った時よりももう、何回りも大きくなった。そして、これからもっと大きくなる、成長する。俺も他の使い魔の連中も、天使サマもそれを知っているし、……楽しみにしている」
こんな言葉が、この少女の受けた衝撃を和らげられるとは思っていない。だが、それでも知っておいて欲しかった。
ダイアナは気丈にも、大きく頷いた。その瞳の光はさっきよりも強い輝きを放って、確かに俺の魂を温めた。
「お兄様、教えてくれてありがとう。……私、もっと大きくなるわ」
俺が握った手を逆に包み直して、ダイアナは微笑んだ。
「だから、ずっと見ていて」
学校から帰るなり駆け寄ってきたダイアナは、手に三十センチの定規を持っていた。
「なんだ?」
「身長を測って欲しいの!」
どうやら学校で行われた身体測定で、昨年と比べて一ミリも伸びていなかったのが不満だったらしい。
「納得いかないわ。私、成長期なのに!」
「そういうことならこっちの方がいいだろ」
空中からメジャーを取り出しはしたが、……どうしたものか。
俺は少し思案し、ちゃんと伝えた方がいいだろうと結論を下した。とりあえずダイアナを座らせて、その青い瞳に視線を合わせる。
「あのな、ダイアナ。きちんと言ったことがなかったかもしれないが、お前はもう人間じゃないから成長しないんだ」
蒼天の瞳が一瞬見開かれ、光の粒が揺れ惑う。まつ毛が震え、テーブルに置かれた拳に力が込められたのがわかった。
「……そ、そうなの……」
どうにか絞り出した声はか細く、常の元気さが消え失せてしまった。俺は自分の呼吸が浅くなっていたことに気がついて、姿勢を正した。ダイアナの視線が俺からテーブルの上へと落ちる。
「そうよね、使い魔だから……成長しちゃ、おかしなことになるわよね」
「ダイアナ……」
不死身なのに成長し続けたら大変なおばあちゃんになっちゃうもの、と無理に笑おうとするダイアナの手を、俺は握った。生粋の悪魔ではない印に、その手はとても温かい。天使のものとも違う、人間の少女の温もりが、確かに残っている。
「ダイアナ。お前は確かに肉体的には成長しない。だが、お前が日々成長していることを、俺は知ってる。昨日できなかったことが、今日にはできるようになっている。昨日知らなかったことを、今日には知っている。今日できなかったこと、知らなかったことは、明日できるようになるし、知ることになるだろう」
ダイアナは、俺の目を見た。涙の膜に覆われたそれは、何度も瞬きした。
「お前は俺と出会った時よりももう、何回りも大きくなった。そして、これからもっと大きくなる、成長する。俺も他の使い魔の連中も、天使サマもそれを知っているし、……楽しみにしている」
こんな言葉が、この少女の受けた衝撃を和らげられるとは思っていない。だが、それでも知っておいて欲しかった。
ダイアナは気丈にも、大きく頷いた。その瞳の光はさっきよりも強い輝きを放って、確かに俺の魂を温めた。
「お兄様、教えてくれてありがとう。……私、もっと大きくなるわ」
俺が握った手を逆に包み直して、ダイアナは微笑んだ。
「だから、ずっと見ていて」