106話 奇跡の術

 休日、人で賑わう大通りを天使と二人で歩いていると、日本のコミックフェスをやっていた。多くのファンが、おそらくは好きな作品のキャラクターになり切っているのだろう、いわゆる「コスプレ」をして出歩いている。
「わあ! みんな変わった格好をしているね。着ぐるみみたいなのもある」
「そうだな。ん、あれはマイケルじゃないか?」
「えっ」
 向こうもこちらに気が付いたらしく、一瞬隠れようとあたふたしていたが、やがて観念したように進み出てきた。どうやら錬金術をモチーフにした作品のキャラクターらしい。何世紀も前の人間がよくしていたようなしていなかったような衣装を身につけている。
「は、恥ずかしいから誰にも言ってなかったんですけど、ぼく、日本のアニメの中でもホラー要素のあるものが好きで……」
「何も恥ずかしがることじゃないよ、よく似合ってるよマイケル」
 教会の同僚である天使に励まされて、マイケルは人混みの中に戻っていった。再び歩き出した天使は、「そういえば」と口を開いた。
「マイケルの話で思い出したけれど、私も昔、錬金術師に会ったことがあるんだ」
「ほう」
 人類がまだ科学理論を確立していなかった古い時代、錬金術師たちはその礎ともなる様々な実験を行なっていた。もちろん、金は金以外から作ることなんてできない。魔法や奇跡でもなければ。不老不死の妙薬を求める彼らに「賢者の石」と称した紛い物を与えて楽しむ悪魔も多くいたし、俺も似たり寄ったりなことをして地獄に送る魂を調達していた。そんな経験から、錬金術師はどちらかというと俺たち悪魔に親しんでいたと思ったが、天使とも親交があったのか。
「家族の病を治すためにどうしても神の奇跡をと祈られて」
「ああ」
「その錬金術師が王の前で行った実験に少し奇跡を」
「おいおい」
 それは詐欺だろう。天使も王も騙して、そいつは自分だけ私腹を肥やしたのに違いない。
 しかし天使は言葉を遮った俺をきょとんと見つめている。全く気づかずに、良いことをしたと思っているのだ、この天使は。
「……いや、何でもない。きっとそいつは喜んでいただろう」
「うん。それで資金の元手を得た彼は自力で実験を成功させて医療の道へ転身、最終的に家族の病を治してしまった」
 返す言葉が、すぐには見つからなかった。目の前の天使の、人間の可能性を信じ愛するその魂に、感服する。
「全く、天使サマは本当にすごいな」
「すごいのは彼さ。私が起こした奇跡は、彼の実験の条件を整える、一陣の風を吹かせたというだけだったのだから」
 俺たちは天国にいるその男について話し合いながら、現代の錬金術師たちのそばを通り過ぎた。
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