105話 恋の花はまた咲く

 私は使い魔だけど奇跡も魔法も効かない特殊体質の持ち主だから、よく教会に遊びに行く。その日もいつものように教会を訪れると、入り口の階段のところにうずくまって座っている男の子を見かけた。聖歌隊の服を着ているから、これから練習なのかもしれない。私はそっと横を通り過ぎようとしたけれど、その背中があまりに丸まっているので気になってしまって、つい足を止めてしまった。まだ十歳くらいに見える赤毛の男の子は、はあとため息をついた。
「我が恋は散りぬ……」
 なんて古風な独り言だろう。私はびっくりして、思わず声をかけてしまった。男の子は隣に座った私を迷惑がったりもせず、彼の「恋」について話してくれた。何でも彼は、ここの神父様に心を奪われてしまったらしい。聖歌隊のメンバーになりたくて通い詰めていたとき、その優しい対応にキュンとしたのだそうだ。
「それでラブレターを送ったのです」
 生真面目な顔で、男の子はその写しを私に見せようとしてくれた。
「そんな、人のラブレターなんて申し訳なくて見られないわ」
「いいえ、実らなかった恋の跡は、むしろ多くの人に慰めて欲しいくらいですから」
 彼のラブレターはとっても詩的でロマンティックで、昔の詩集にでも載っていそうな雰囲気があった。私は感嘆の声を上げた。
「すごいわよ、あなたには詩の才能があるわ」
「でも、恋路には役立ちませんでした」
 ラブレターを送った神父様は彼の気持ちを受け止めてくれたらしいけれど、でもそれだけで、同じ気持ちを返してはくれなかったらしい。そして極めつけに。
「さっき、そこの通りを、全身黒で美しくコーディネートした信じ難いほどに整った顔の男性と、仲睦まじく歩いてらっしゃるのを見てしまったんです……」
「あら」
 何だかこの男の子の思い人が誰だか、予想がついてしまった。男の子には悪いけれど、それでは最初から恋が実る可能性はなかった。だって、相手は天使様なのだから。それも、ライバルは悪魔のお兄様だし。
 私は男の子にラブレターを返して、その小さな肩を叩いた。
「大丈夫よ。あなた風に言うなら、恋の花はあなたの中にまだまだ無数に咲くわ。今回ひとつ散ったからって、どうだって言うのよ」
 男の子はぽかんと口を開けて、初めてまともに私を見た。その頬が、パッと明るくなった。
「ありがとうございます。よく見たらお姉さん、あの神父様にそっくりだ」
「そう? よく言われるわ」
 私が立ち上がると、男の子も一緒に立ち上がり、私の手を取った。
「今、新しい花が咲きました」
 さて、こういう時はどうしたらいいのだろう。
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