102話 愛をペンにのせ

 昼休みに職場を抜けてきた天使とレストランで落ちあい、俺はコーヒーを、天使は簡単な食事を頼んだ。天使はなんだか俺に話したいことがありそうな顔をしている。
「天使サマ、何か楽しいことでも?」
「さすがだね、実はお前に話したいことがあったんだ」
 天使はウキウキと声を弾ませた。
「実はラブレターをもらってね」
「ラブレター!?」
 ふうん、と冷静に相槌を打つべきなのに、思い切り動揺が声に出てしまった。
 天使は俺の反応に満足したのか、にっこりと笑う。
「誰からもらったか知りたいか?」
「ん、ああ……。まあ……」
 知りたい。そりゃあ知りたいに決まっている。だがあまり焦る姿を見せたくないので、俺はどうにか声を落ち着かせた。
 天使は懐から一枚の封筒を取り出した。白く、上品な花の模様が入っている。
「誰からもらったかの前に、文章を聞いてくれ。これがとても情熱的なんだよ」
「あ、ああ。聴かせてくれ……」
 俺より天使への情熱を文章に乗せられる人間などいる筈がないが、耳を傾けた。天使の声が、歌うように便箋の文句を読み上げる。
「麗しの神父様。あなたの笑みは春の日差し。あまねく生命に等しく注ぐそれは、私の心をも溶かしてしまわれました。あなたの声は天上の楽奏、竪琴の音色。説教壇から悩める子羊の群れを優しく導く妙なる調べに、祈りが深まるのを感じます。あなたは天使です。どうかその光り輝くお姿を、私の前に永遠に留めていただけませんか。あなたの影に口付ける者より」
 声が出ない。俺は聞こえたという合図にただ頷いて、運ばれて来たコーヒーに口をつけた。味がわからない。
「……で、それは誰から」
 なんとか振り絞った声で尋ねると、天使はいたずらっぽく俺を見た。
「男の子だよ」
「ふうん……」
 天使は元々無性別だが人間の男性の姿をとって、人間として人界に混じっている。本来ならその役目のため人間に印象を残さない筈だが、ごく稀に、このように人間に慕われることがある。前にもそういう話を聞いたことがあった。しかしその話は数百年前のことであり、今回のは現在進行形だ。天使の俺への愛は疑いようがないが、若く情熱的な人間からの愛に心揺れることだってあるかもしれない。
 俺がどうやって天使の心を知ろうか考えていると、天使は微笑んだ。
「十歳くらいのね」
 一気に緊張が解けた。長い息を吐く。
「……十歳ね……」
「うん。聖歌隊に入隊したいと言って、毎日礼拝に訪れていた子なんだ。それが今日、これを持って来てくれてね」
 緊張した顔がとても可愛かった、と天使は言う。口の中にようやくコーヒーの香りが広がっていった。
「ふふ。焦ったかい」
「……焦った」
 天使は目を細めた。
「私のラブはお前だけだよ。何があっても、未来永劫に」
「……それならいいんだ」
「でもお前が焦ってくれるのは嬉しいから、こういうことがあるのも楽しいかもしれないな」
 俺は慌てて首を振った。
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