92話 フラワームーンにキスを
五月も下旬、暖かくなってきた夜のこと。天使が俺の家に夕飯をとりに来た。昼と夜との寒暖差が激しいのでこしらえた温かいものを美味しそうに完食し、暫くダイアナや獏も交えて親しげに語らっていたが、やがて小さな使い魔たちは自室に引っ込んだ。俺は天使の好きな紅茶を淹れ、自分の分のコーヒーも作り、テーブルに置いた。
「天使サマ……?」
見ると天使は、窓ガラスのすぐ近くに立っている。ここは高層マンションの上層階だ、夜景でも見ているのかと思ったが、この国でそんなこともあるまい。
「そんな所でどうしたんだ、天使サマ。この国の夜景なんざ楽しくもないだろう」
早くこっちに来て一緒に飲み物を飲もうという誘いのつもりだったが、こちらを振り向いた天使が浮かべた微笑みに、思わずそれ以上の言葉を失う。
「ああ、ちょっと思いついて……」
天使が指で、ガラス越しに見える丸い月を示した。
「満月にキスをしていた」
「…………」
愛する美しい天使がこの世で最も美しい天体に口付ける、そのあまりの尊さに、俺の意識は遠のいていった。
「天使サマ……?」
見ると天使は、窓ガラスのすぐ近くに立っている。ここは高層マンションの上層階だ、夜景でも見ているのかと思ったが、この国でそんなこともあるまい。
「そんな所でどうしたんだ、天使サマ。この国の夜景なんざ楽しくもないだろう」
早くこっちに来て一緒に飲み物を飲もうという誘いのつもりだったが、こちらを振り向いた天使が浮かべた微笑みに、思わずそれ以上の言葉を失う。
「ああ、ちょっと思いついて……」
天使が指で、ガラス越しに見える丸い月を示した。
「満月にキスをしていた」
「…………」
愛する美しい天使がこの世で最も美しい天体に口付ける、そのあまりの尊さに、俺の意識は遠のいていった。