89話 beautiful things on valentine day.
聖バレンタインの祝日、人々は大切に想う相手にカードやささやかなプレゼントを贈る。遠く日本ではチョコとともに愛を伝える日になっているらしいが、ここではそういうわけではなく、贈る相手は友人や家族、職場の同僚や上司であることも多い。私の勤める教会でも毎年、敬愛する神父に気持ちを込めたカードや花を贈る信者がいる。そういうわけで私も、先日名付けを行った赤ん坊の両親からカードを受け取った。赤ん坊はどうやら、すくすくと成長しているらしい。カードに込められた親愛の情が指先を暖かくしてくれるような気持ちで、私は休憩室へ入った。そこには先客がいた。
「おや、マイケル。君がここにいるなんて珍しい」
髪と同じブラウンの大きな瞳で私を見上げたマイケルは、何だかぼうっとしたような表情で「お疲れ様です」と頭を下げた。エクソシズムを修めた正真正銘のエクソシストである彼は、常に忙しく街中をパトロールしているか、壇上で説教に勤しんでいる。休憩室にいるのを見るのは久しぶりだった。
「今日は説教の日だったんですが……」
彼がそこで言葉を区切りテーブルの上を指し示してようやく、合点がいった。
テーブルの上には色とりどりのカードやミニブーケ、お菓子のパッケージが置いてある。
「それは信者からの贈り物だね」
「ええ。皆さんたくさんくださって」
マイケルは、恐縮するように頭を下げた。若いながらに精力的に仕事をし、老若男女誰にでも分け隔てなく真剣に向き合う彼は、多くの信者から好かれているのだ。クリスマスの時もそうだが、こういう時には教会中の誰よりもプレゼントをもらうのが彼だ。それらの贈り物を一旦、整理するためにここに寄ったのだろう。
「ありがたいことだね」
言いながら自分のロッカーに先ほどいただいたカードを仕舞い、再び彼に視線をやると、やはりどこか上の空の様子だ。たくさんの贈り物はテーブルに広げられているのに、彼の指はたった一枚のカードを大切そうに包んでいる。
「マイケル、それは?」
私の言葉に、マイケルはハッとしたようにカードを持ち直した。深い赤色のカードからは、マイケルへの信頼の気持ちが感じられる。
「これは、今年から教会にいらっしゃるようになった信者の方からのカードです。……その……」
若干言いにくそうに、頬を赤らめながら、マイケルは言葉を続けた。
「小さい頃に亡くなった母に、そっくりな方で……それで」
そういうことだったか。
マイケルから直接聞いたわけではないが、彼は小さな頃に母を悪魔に殺されたのだという。
母を恋しいと思うのは、幾つになっても子供の特権だ。
「そうか。……それは、嬉しいことだね」
「はい。あの人が母ではないことはわかっていますが、……似た人が教会に来て、ぼくの話を聞いてくれるだけで……」
小さい頃に母を失くしたマイケルには、それだけで十分すぎるくらいに嬉しいことなのだろう。
これまでの日々、一体どれだけ母に話したいことがあっただろう。してやりたいことがあっただろう。
例え他人の空似でも、母の面影を宿した人と出会えて、マイケルは。
はにかんだように、若き神父はカードを撫でた。
「おや、マイケル。君がここにいるなんて珍しい」
髪と同じブラウンの大きな瞳で私を見上げたマイケルは、何だかぼうっとしたような表情で「お疲れ様です」と頭を下げた。エクソシズムを修めた正真正銘のエクソシストである彼は、常に忙しく街中をパトロールしているか、壇上で説教に勤しんでいる。休憩室にいるのを見るのは久しぶりだった。
「今日は説教の日だったんですが……」
彼がそこで言葉を区切りテーブルの上を指し示してようやく、合点がいった。
テーブルの上には色とりどりのカードやミニブーケ、お菓子のパッケージが置いてある。
「それは信者からの贈り物だね」
「ええ。皆さんたくさんくださって」
マイケルは、恐縮するように頭を下げた。若いながらに精力的に仕事をし、老若男女誰にでも分け隔てなく真剣に向き合う彼は、多くの信者から好かれているのだ。クリスマスの時もそうだが、こういう時には教会中の誰よりもプレゼントをもらうのが彼だ。それらの贈り物を一旦、整理するためにここに寄ったのだろう。
「ありがたいことだね」
言いながら自分のロッカーに先ほどいただいたカードを仕舞い、再び彼に視線をやると、やはりどこか上の空の様子だ。たくさんの贈り物はテーブルに広げられているのに、彼の指はたった一枚のカードを大切そうに包んでいる。
「マイケル、それは?」
私の言葉に、マイケルはハッとしたようにカードを持ち直した。深い赤色のカードからは、マイケルへの信頼の気持ちが感じられる。
「これは、今年から教会にいらっしゃるようになった信者の方からのカードです。……その……」
若干言いにくそうに、頬を赤らめながら、マイケルは言葉を続けた。
「小さい頃に亡くなった母に、そっくりな方で……それで」
そういうことだったか。
マイケルから直接聞いたわけではないが、彼は小さな頃に母を悪魔に殺されたのだという。
母を恋しいと思うのは、幾つになっても子供の特権だ。
「そうか。……それは、嬉しいことだね」
「はい。あの人が母ではないことはわかっていますが、……似た人が教会に来て、ぼくの話を聞いてくれるだけで……」
小さい頃に母を失くしたマイケルには、それだけで十分すぎるくらいに嬉しいことなのだろう。
これまでの日々、一体どれだけ母に話したいことがあっただろう。してやりたいことがあっただろう。
例え他人の空似でも、母の面影を宿した人と出会えて、マイケルは。
はにかんだように、若き神父はカードを撫でた。