86話 願いを新たに

 異国の地で年を越した俺と天使は、結局ホテルには戻らないまま夜明けを迎えた。元日の深夜から朝にかけての日本は、西欧のそれとは違って賑やかだ。
 寺社仏閣での参拝による煩悩の変動調査とは言えその中に入れるわけではない俺はそれらの周辺で仕事をすることにして、天使はその間、ひとりで街を散策することになった。午前中の数時間を使って調査を続け、やはり参拝によって煩悩が減るなんてことはないらしいという自明の理を得た俺は、天使の気配を探った。ここ日本にも天使は大勢紛れているが、俺の愛する天使の魂の輝きは、どんな雑踏の中でも見分けることができる。
 天使は市街地にいた。それにしても……晴れた日差しの元で見ても、空色のスカジャンが異様に似合っている。俺に気づいて、天使は駆け寄ってきた。
「やあ、ラブ。仕事の方はどうだった」
「順調さ。それじゃあそろそろ……」
 帰るか、と言いかけた俺は、天使が何か言いたげなのに気がついた。桃色の唇が開きかかり、視線がうろうろとさまよっている。
「天使サマ、何かやりたいことでも?」
 天使の青く澄んだ目が、ぱっと大きくなった。
「よく分かったね! 流石だよ」
「はは。天使サマのことなら何でも分かるさ。それで?」
 天使はジーパンのポケットに入れていたらしいチラシを取り出した。
「さっき街で見つけたんだけど、明日やるらしいんだ」
 チラシには『新春書き初め大会開催』の文字。どうやら市民会館で行われるらしい。
「参加無料、準備不要、飛び込み参加OK……ふうん」
「せっかくだから参加してみないか? 私は以前日本にいた時に書道をしてみたことはあるけれど、新年に合わせて書いたことはないんだ。新年の目標なんかを書くんだろう。楽しそうじゃないか」
 チラシを眺める俺の腕に自分の腕を絡めて、天使はウキウキと話す。
「いいぜ、参加しよう。急ぎの仕事もないしな」
「やった! ありがとう、ラブ!」
 そうして書き初め大会に参加することになった俺たちは、午後もあちこち散策して過ごしたのだった。
1/3ページ
スキ