80話 悪魔とジャックオランタンの楽しいハロウィン

 外が賑やかな夜、天使と二人、ハロウィンにちなんだブレンドティーとコーヒーを飲んで寛いでいるところに、ダイアナが帰って来た気配がした。ひとりで出かけたはずだが、ふたり分の気配がするのはなぜか。マツリカとかいう友達でも連れて来たのか?
 ダイニングのドアが開き、ヴァンパイアの仮装をしたダイアナが入って来る。
「お兄様、アイムホーム」
「お帰り、ダイアナ。お菓子はたくさん手に入れられたみたいだな。ところで……」
 俺の視線の意味するところに気がつき、ダイアナは自分が連れて来たカボチャ頭を見上げた。頭部に馬鹿でかい、目鼻口がくり抜かれたカボチャを被っている他はさしたる特徴のない、黒服の痩せた男のようだ。落ち込んでいるのか何なのか、俯いたままこちらを見ようともしないでダイアナにくっついている。しかし、なんだかこの気配は知っているような。
「こちら、カボチャ頭さん。どうもご近所で子供達に悪さをしていたみたいだからひっ捕えて警察に突き出そうと思ったのだけど……」
 相変わらず正義感の強いことだ。俺の使い魔であるからにはただの人間に組み伏されたりなどはあり得ないが、それにしても無茶が過ぎるのではないだろうか。
 などと思っている間に、天使が口を開いた。
「ダイアナちゃん。君は使い魔といえども女の子なんだから、もっと用心しないと。痛いことをされたら、私は悲しいよ」
「……はい、天使サマ。ごめんなさい」
 しおらしく頭を下げ、また上げて、ダイアナは話を続けた。
「それで、いざ捕まえてみたら中身が空っぽで」
「はあ?」
 ダイアナはカボチャ頭に、カボチャを外させた。そこには青色の炎が点っているばかりで、人間の頭部は見当たらない。体の方に何か仕掛けがあるわけでもなさそうだ。確かにダイアナの言う通り、カボチャの中身は空っぽだった。
 しかし、それを見て俺はようやく思い出した。この気配、どこかで感じたことがあると思った。
「そうか、ハハハ。お前、ウィルだな。それともジャックの方が馴染みがあるか」
 俺が突然笑い声を上げたので、ダイアナも天使もポカンとこちらを見た。当のカボチャ頭(今は鬼火頭)だけが、事情を把握して飛び上がる。
「そう言うあんたは、蛇の目の旦那じゃないですかい! やあ、こんなところでまたお会いするとは」
 鬼火頭は俺の方へすっ飛んできて、嬉しそうに俺の手を取った。踊り出しそうな雰囲気だ。大昔に会った時と同じ陽気さと調子の良さに、俺の口元も緩む。
「ラブ? 知り合いなのか」
 天使が不思議そうに尋ねる。
「ああ。こいつは正真正銘のジャックオランタン、またはウィルオウィスプさ」
「以後お見知り置きを」
 ウィルはおどけた様子でカボチャ頭を手にもち、礼をして見せた。天使はなおも戸惑った様子で、カボチャの頭部と鬼火とを見比べる。
「そりゃあどこから見てもジャックオランタンだけれども……」
「カボチャを人の顔の形にくり抜いたものがそう呼ばれるがな、元々の由来くらいは知っているだろう」
 俺の言葉に、天使もダイアナも揃って頷く。ウィルは嬉しそうに手を叩いた。
「お調子者で堕落した男・ジャックは悪魔を騙して地獄行きを免れた。しかし天国にも行けず、現世を鬼火として彷徨っている……大体、そんなところだよね」
「その通りだ、天使サマ。ウィルオウィスプはその原型とも言われている、似たような話だ。そっちの方はウィルという名前の男が主人公だがな」
「そしてこのカボチャ頭さんが正真正銘のジャックオランタン、ウィルオウィスプ……。ってことは」
 ダイアナが、ハッとしたように俺を見た。
「ジャック、もしくはウィルに騙された悪魔って、お兄様?」
「いえいえ、それは違いますぜ、お嬢さん」
 ウィルがひらひらと手を振った。
「蛇の目の旦那は、オレが天国にも行けなくなって寒さに困っているところに練炭をくれた、親切な方なんですぜ」
 ほら、それのお陰でこうして炎も元気でしょう、とウィルはカボチャ頭をこんこんと叩いた。
「どうやら世間には、悪魔が同情したと伝わっているらしいが……実際にはそうじゃない。こいつは生前なかなかに堕落した生活を送っていてかなり好感が持てたし、話してみるとやっぱり面白い奴でな。友情の印として贈り物をしたまでさ」
「堕落した……」
 天使は困り顔で、ダイアナは面白そうに目を輝かせて聞いている。
「ところでお前、子供に悪さって何をしたんだ」
「子供たちのお菓子を奪って、代わりに土や泥を詰めて渡してたんですって」
 俺の質問に、ダイアナが代わりに答える。
「おいおい、そんな程度の低い悪行で喜んでいたのか」
「お兄様」「ラブ」
「お前はなんて卑劣で最低な行為をしたんだ」
 棘を含んだ二人の声に、俺は素早く前言撤回した。ウィルはちょっと恥ずかしそうにカボチャ頭を掻いた。
「いや、面目ない。昔、旦那と話した時には鬼火になっても人を沼地に誘い込んだり数々の悪行を楽しんだものだったんですが……、ハロウィンという文化が定着するにつれて、オレの力も小さくなっちまったみたいで。ガキンチョどもに嫌がらせをするくらいで満足するようになっちまいまして」
 なるほど。悪魔や天使のような絶対的な存在ではない小物の場合、それに対する恐怖心や信仰心が、そのものの力や存在自体に大きく影響を与えるものだ。ハロウィンという行事が異文化圏にも浸透するほどポピュラーになるにつれ、その影響力自体が矮小化していくのは、やむを得ないのだろう。
 しかし、それではあまりに……堕落し切って天国にも地獄にも行けず彷徨う魂の末路としては、惨めすぎやしないか。
「よし、ウィル。今夜は俺と一緒に楽しもうぜ。そこらの子供を怖がらせるなんてもんじゃない、もっと悲鳴や泣き声を堪能……いや、あー、ともかくこうして久々に会えたんだ。パブにでも行って、ここ数百年ほど分の話をしよう」
 天使とダイアナの目線をかわしながら、俺はウィルに提案した。カボチャの目の半月が深まる。
「それは嬉しいですね、旦那! でもこの頭じゃ……」
 指を鳴らして、カボチャ頭を人間の頭に変えてやった。それも、この男の生前と同じ頭に。
「旦那! これ、これ、オレじゃないですかい! これは……! やっほー!」
 ウィルは自分の頭をペタペタと触り、何度も飛び跳ねた。
「数百年ぶりの自分の頭ですぜ! ありがとうございます、旦那! ウヒャア!」
 そのまま飛び跳ねて出て行った男の背中を追いかける。
「ラブ、楽しい夜を!」
「お兄様、お土産よろしくね!」
 投げかけられた言葉に頷いて、夜の闇の中へ駆け出してゆく。久しぶりに、悪魔らしいハロウィンを過ごせそうだ。
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