79話 天使と悪魔のトレジャーハント
その後も、左右の岩壁から炎が噴き出てきたり、突如部屋が水で満たされたり、猛毒の蛇たちが上からボトボト落ちてきたり、大きな岩が坂の上から転がってきたり、落ちたら二度と這い上がれなさそうな深い穴の上を僅かな足場に頼って通らねばいけなかったり、剣が飛んで来たり槍が飛んで来たり毒ガエルが飛んで来たりと、それはもう大変な量の罠が私たちを待ち受けていた。しかし、悪魔はその度に楽しげに笑いながら、それを易々と解除してしまった。「この話を聞いたら、きっとダイアナは喜ぶだろうな」なんて言いながら。
その道中、罠に遮られつつも彼が話してくれたところによれば、ここは彼が以前、王族同士の争いを助長するために利用した遺跡だという。
「利用しただけだからな、内部構造なんてのは知らない。こんなにバリエーション豊かな罠を張り巡らしていたとは、王族ってのは本当に面白い奴らだな」
からからと笑いながら、悪魔は話を続けた。
「俺が知恵を貸していた王族は、自らの死期を悟って、その財産を隠したがっていた。だから俺は、罠だらけの遺跡を造るよう進言した……もちろん、遺産に群がる敵を一網打尽にする為に。ここまでにあった死体を見る限り、それは割と成功したみたいだな」
「で、でも……お前は『出口がある』って」
「ああ、出口ならある。罠の嵐を潜り抜けて最後の宝物庫まで辿り着き、そこに一枚の石板を見つけて呆然となったそいつが、それを持って帰るためには必要だったからな」
彼が何を言っているのか、よく分からない。軽い身のこなしで暗闇を歩く悪魔は、蜘蛛の巣を手で払った。
「つまりな。その石板にはこう書いてあるんだ……『ここに宝はない。本当はどこそこに埋めてある』……」
「……な」
こんなに大変な罠の中を潜り抜けて辿り着いた先で、ここには求めていたものがないと明らかにされるなんて。ちょっと考えただけでも、気が滅入ってくる。
「な、なんでそんな……」
「言っただろ。遺産に群がる敵を一網打尽にしたかったんだよ、俺と契約した人間はな。ここまでで大半の人間が死んだはずだが、そうなると、その石板まで辿り着いた奴らの思考はどうなるか分かるか? ここまでで死んでいった者のためにも、必ず宝を手にしなくては、と思うんだよ。そうしてまた次の遺跡で大量に死に、どんどんと敵の数は減っていく」
くっくと笑う男の目が、闇の中で炎のように輝く。いつも私といると抑えられている悪魔としての本性が垣間見えて、少しだけ空気が冷たくなる。
しかし、その赤い炎はすぐになりを潜めた。代わりに、すっと、つまらなさそうに細くなった。
「まあ、そんなわけでな。この遺跡には、お宝なんてものはないのさ。入るまですっかり忘れていたんだけどな」
「そうか……」
それでようやく、彼の気持ちが分かった。最初からずっと、彼は気にしていた……ダイアナちゃんが楽しみにしている、『宝物』がなかった時のことを。
「ラブ……」
可愛らしい使い魔の少女のガッカリする顔を、彼は見たくないのだ。
「まあ仕方ないさ。ここまでの冒険譚だけでも、あいつへの土産には充分すぎるくらいだろう」
悪魔はからりと笑う。
「そうだね。きっと喜んで聞いてくれるさ」
励まそうとその肩に手を置いた時、悪魔の足は止まった。見ると、目の前には岩ではなく、黄金でできた扉が立っていた。
「宝物庫の扉だな。ようやく辿り着いたか」
悪魔が言いつつ、把手 に手をかけ、重い扉を開いた。
「……『宝物』らしい宝物は、ないね」
見回した室内はがらんとしている。これまでの岩肌そのままだった壁とは違って滑らかに加工された岩壁ではあるが、それが余計にがらんどうの冷たさを引き立てているようだ。
ちょっとしたホールくらいの広さの部屋の真ん中の方へ、悪魔が歩いてゆく。
「ラブ?」
後について行くと、部屋の中央には、人の片手を模した彫刻が、床から伸びた石の台座に置かれていた。その手の上には一枚の石板と、……。
「ネックレス?」
おそらくは純金製であろう、そこそこ大きく立派なネックレスが、手の彫刻の上に綺麗に飾られていた。
「え、これは……? 宝物なんてないんじゃ」
「ああ、その筈だが……」
悪魔は石板を取り上げ、その文面を目で追った。やがて、その視線がふっと和らいだ。
「……なるほど。どうやら俺の考えた悪事は不発に終わっていたらしい」
「と言うと?」
悪魔は無言で、石板を差し出した。受け取って、読む。
「『ここと他四つの遺跡を全て周り、その作り主の、偉大なる罠への造詣とその発想に感服した。作り主に敬意を表して、ここにささやかなる宝物を奉るものである 我が兄の安らかな眠りを祈って』……」
死んだ王族の弟が全ての遺跡を突破し、兄の悪ふざけをたしなめ且つその死後の安眠を祈り、更にはそれによってこれ以上の死者を生まないために、わざと本物の宝を用意した、ということらしい。しかし、人間でここまで辿り着けた者がいたとは……驚くべきことだ。
「きっと、他にももっと宝を用意していたんだろう。後続の奴らが持っていっちまったんだろうが……しかし、本当に王族ってのは面白い奴らだな」
悪魔は心底楽しそうに喉の奥で笑い、石板を彫刻の上に戻した。
その道中、罠に遮られつつも彼が話してくれたところによれば、ここは彼が以前、王族同士の争いを助長するために利用した遺跡だという。
「利用しただけだからな、内部構造なんてのは知らない。こんなにバリエーション豊かな罠を張り巡らしていたとは、王族ってのは本当に面白い奴らだな」
からからと笑いながら、悪魔は話を続けた。
「俺が知恵を貸していた王族は、自らの死期を悟って、その財産を隠したがっていた。だから俺は、罠だらけの遺跡を造るよう進言した……もちろん、遺産に群がる敵を一網打尽にする為に。ここまでにあった死体を見る限り、それは割と成功したみたいだな」
「で、でも……お前は『出口がある』って」
「ああ、出口ならある。罠の嵐を潜り抜けて最後の宝物庫まで辿り着き、そこに一枚の石板を見つけて呆然となったそいつが、それを持って帰るためには必要だったからな」
彼が何を言っているのか、よく分からない。軽い身のこなしで暗闇を歩く悪魔は、蜘蛛の巣を手で払った。
「つまりな。その石板にはこう書いてあるんだ……『ここに宝はない。本当はどこそこに埋めてある』……」
「……な」
こんなに大変な罠の中を潜り抜けて辿り着いた先で、ここには求めていたものがないと明らかにされるなんて。ちょっと考えただけでも、気が滅入ってくる。
「な、なんでそんな……」
「言っただろ。遺産に群がる敵を一網打尽にしたかったんだよ、俺と契約した人間はな。ここまでで大半の人間が死んだはずだが、そうなると、その石板まで辿り着いた奴らの思考はどうなるか分かるか? ここまでで死んでいった者のためにも、必ず宝を手にしなくては、と思うんだよ。そうしてまた次の遺跡で大量に死に、どんどんと敵の数は減っていく」
くっくと笑う男の目が、闇の中で炎のように輝く。いつも私といると抑えられている悪魔としての本性が垣間見えて、少しだけ空気が冷たくなる。
しかし、その赤い炎はすぐになりを潜めた。代わりに、すっと、つまらなさそうに細くなった。
「まあ、そんなわけでな。この遺跡には、お宝なんてものはないのさ。入るまですっかり忘れていたんだけどな」
「そうか……」
それでようやく、彼の気持ちが分かった。最初からずっと、彼は気にしていた……ダイアナちゃんが楽しみにしている、『宝物』がなかった時のことを。
「ラブ……」
可愛らしい使い魔の少女のガッカリする顔を、彼は見たくないのだ。
「まあ仕方ないさ。ここまでの冒険譚だけでも、あいつへの土産には充分すぎるくらいだろう」
悪魔はからりと笑う。
「そうだね。きっと喜んで聞いてくれるさ」
励まそうとその肩に手を置いた時、悪魔の足は止まった。見ると、目の前には岩ではなく、黄金でできた扉が立っていた。
「宝物庫の扉だな。ようやく辿り着いたか」
悪魔が言いつつ、
「……『宝物』らしい宝物は、ないね」
見回した室内はがらんとしている。これまでの岩肌そのままだった壁とは違って滑らかに加工された岩壁ではあるが、それが余計にがらんどうの冷たさを引き立てているようだ。
ちょっとしたホールくらいの広さの部屋の真ん中の方へ、悪魔が歩いてゆく。
「ラブ?」
後について行くと、部屋の中央には、人の片手を模した彫刻が、床から伸びた石の台座に置かれていた。その手の上には一枚の石板と、……。
「ネックレス?」
おそらくは純金製であろう、そこそこ大きく立派なネックレスが、手の彫刻の上に綺麗に飾られていた。
「え、これは……? 宝物なんてないんじゃ」
「ああ、その筈だが……」
悪魔は石板を取り上げ、その文面を目で追った。やがて、その視線がふっと和らいだ。
「……なるほど。どうやら俺の考えた悪事は不発に終わっていたらしい」
「と言うと?」
悪魔は無言で、石板を差し出した。受け取って、読む。
「『ここと他四つの遺跡を全て周り、その作り主の、偉大なる罠への造詣とその発想に感服した。作り主に敬意を表して、ここにささやかなる宝物を奉るものである 我が兄の安らかな眠りを祈って』……」
死んだ王族の弟が全ての遺跡を突破し、兄の悪ふざけをたしなめ且つその死後の安眠を祈り、更にはそれによってこれ以上の死者を生まないために、わざと本物の宝を用意した、ということらしい。しかし、人間でここまで辿り着けた者がいたとは……驚くべきことだ。
「きっと、他にももっと宝を用意していたんだろう。後続の奴らが持っていっちまったんだろうが……しかし、本当に王族ってのは面白い奴らだな」
悪魔は心底楽しそうに喉の奥で笑い、石板を彫刻の上に戻した。