79話 天使と悪魔のトレジャーハント
「地図の場所は、ここみたいだな」
歩くこと数時間。ようやく辿り着いたのは、殆ど苔とツタに覆われてただの岩の集積にしか見えない、古代遺跡だった。どうやら門扉らしい、私たちの背丈も優に越す大きさの二枚の岩が、行手を塞いでしまっている。
「これは凄いね……百年どころではない年代物だ」
「どうやら現代人の手は入ってないようだな」
悪魔は魔法のトリガーとなる指を鳴らそうと右手を構えたが、「そうだ、『冒険』だったな」とすぐに腕を下ろした。そうして少しの間、岩の前を調べていたかと思ったら、突然凄い地響きと共に、扉が横にスライドした。
「おお、凄いね! どんな仕掛けだったの?」
「スイッチとなる石を探したまでさ。さあ行こう。……光くらいはいいだろ」
悪魔は指を鳴らし、温度のない純粋なミニ光源を出現させた。小指の先ほどの白色光が、懐中電灯ほどの明るさで輝いて浮遊する。
「松明とかじゃなくていいのかい? より本格的にさ」
「引火性のガスが発生していたら危ない。これで行こう」
さすがは私の愛する悪魔。トレジャーハントでも頼りになるとは。
遺跡に入ると、背後で扉がしっかり閉ざされてしまった。浮遊光源がなければ、すぐ隣の悪魔の姿さえ視認できないほどの暗闇。
「これは……私たちだからいいけれど、人間達には脱出不可能だったんじゃないかな」
「そうかもな。でも多分、ちゃんと出口はあるだろうよ」
確信的な物言いで、悪魔は進み出した。まっすぐ、人が数人並んで通れるほどの通路を進んで行く。
「天使サマ。ここまで来てようやく思い出したんだが、この地図……」
悪魔が言いかけた時、私の足元で、何かがカチリと音を立てた。次いで、ぎしぎしと何か歯車のようなものが動く音が……。
「……ごめん。どうも踏んではいけないものを踏んだような」
「ああ、踏んだみたいだな」
悪魔の言葉と同時に、何かが鋭く空を切る音が響いた。
「な、何か飛んで……!」
パシッと、悪魔がその何かを掴んだ。光源の下で見ると、どうやら木でできた小さな矢のようだ。
「危ないな。この遺跡同様、大層古いようだから、こんな物、朽ちててもおかしくないんだが……扉の仕掛けが長いこと作動されず、密封されてたお陰か」
「え、お前まさか、今、飛んできた矢を素手で」
「さ、きっとここから先はこんな罠ばかりだ。気をつけて進もう」
何でも出来てしまうやつだと思ってはいたけれど、凄い勢いで飛んでくる矢を素手で掴むなんて。しかし私の驚きには頓着せず、悪魔はまたさっさと歩き出した。
「そう、話の続きだがな。この地図、俺が随分昔にこの地方の王族同士の争いに首を突っ込んだ時の……」
隣で悪魔が話し出したその時、視界に突然、人間の白骨が現れた。
「わっ」
床に何体分もの人骨が散らばって、節足動物たちが絡みつき蠢 いている。驚いてふらついた私が洞窟の壁面に手を付くと、またも、かちりという音と共に何かが作動する気配が……。
「ご、ごめん……また何か動かしちゃったみたい」
「ああ、そうみたいだな」
私が手をついた瞬間に飛び出てきたらしい岩によって、まず進行方向が阻まれたようだ。しかし、それだけではなさそうだ。まだ何かが作動する音は続いている。
「一体、何が……」
悪魔が天井を指差す。つられて見ると、遥か頭上にあった筈の岩天井が、そのざらつきやオウトツまで分かるほどにはっきり明確になっている。
「天井が落ちてきている!」
「惜しいな。これは床がせり上がっているのさ」
普通の人間だったらパニックに陥るところだろうが、悪魔は淡々と落ち着いている。こればかりは魔法を使って逃れるしかあるまい……と思ったのに、彼は落ち着いた態度で、床の白骨を眺めていた。
「ど、どうするつもり? 私の奇跡で……?」
「いや、待て。それは最終手段だ」
手ぶりで私を止めて、悪魔はニヤリと笑う。
「俺たちは『冒険』しないと、だろ」
床が徐々に、岩の天井に近づいていく。私は悪魔の横にしゃがみ込み、その挙動を見守った。
「この罠が作動するためには、あの壁に手をつかなきゃならない。作動のために、床にはスイッチを配置できなかったんだろうな。だから、そこに手をつかせるために、最初からダミーの白骨を置いていたに違いないんだ」
冷静な分析に、私は唸った。そんなこと、全く思いつかなかった。
床は既に、立ち上がることもできないほど上がってしまっている。
悪魔の手が、積み重なった白骨を遠慮なしに崩してゆく。魂の片鱗さえ残っていない古代人の遺骨が、乾いた音を立てる。
「……こいつだ」
ワンセットだけ、そこに固定された、それも他のものより腐敗していない、作り物であるらしい白骨が現れた。床はその間にもせり上がり、いよいよ腹這いにならないといけなくなってきた。
「こいつがこの罠の呼び笛であり、……」
悪魔の長い指が、作り物の頭蓋骨の目の中に入ってゆく。
「そして同時に、解除装置でもある訳だ」
彼の指が動くと同時に、カチッという小さな音がした。次いで、すぐ目と鼻の先まで近づいていた岩の天井が遠ざかっていった。床が、本来の高さまで戻ってゆく。
「あ、危なかった……」
私の言葉に、悪魔は楽しげに笑った。
「こういうの、ダイアナなら喜びそうだな」
歩くこと数時間。ようやく辿り着いたのは、殆ど苔とツタに覆われてただの岩の集積にしか見えない、古代遺跡だった。どうやら門扉らしい、私たちの背丈も優に越す大きさの二枚の岩が、行手を塞いでしまっている。
「これは凄いね……百年どころではない年代物だ」
「どうやら現代人の手は入ってないようだな」
悪魔は魔法のトリガーとなる指を鳴らそうと右手を構えたが、「そうだ、『冒険』だったな」とすぐに腕を下ろした。そうして少しの間、岩の前を調べていたかと思ったら、突然凄い地響きと共に、扉が横にスライドした。
「おお、凄いね! どんな仕掛けだったの?」
「スイッチとなる石を探したまでさ。さあ行こう。……光くらいはいいだろ」
悪魔は指を鳴らし、温度のない純粋なミニ光源を出現させた。小指の先ほどの白色光が、懐中電灯ほどの明るさで輝いて浮遊する。
「松明とかじゃなくていいのかい? より本格的にさ」
「引火性のガスが発生していたら危ない。これで行こう」
さすがは私の愛する悪魔。トレジャーハントでも頼りになるとは。
遺跡に入ると、背後で扉がしっかり閉ざされてしまった。浮遊光源がなければ、すぐ隣の悪魔の姿さえ視認できないほどの暗闇。
「これは……私たちだからいいけれど、人間達には脱出不可能だったんじゃないかな」
「そうかもな。でも多分、ちゃんと出口はあるだろうよ」
確信的な物言いで、悪魔は進み出した。まっすぐ、人が数人並んで通れるほどの通路を進んで行く。
「天使サマ。ここまで来てようやく思い出したんだが、この地図……」
悪魔が言いかけた時、私の足元で、何かがカチリと音を立てた。次いで、ぎしぎしと何か歯車のようなものが動く音が……。
「……ごめん。どうも踏んではいけないものを踏んだような」
「ああ、踏んだみたいだな」
悪魔の言葉と同時に、何かが鋭く空を切る音が響いた。
「な、何か飛んで……!」
パシッと、悪魔がその何かを掴んだ。光源の下で見ると、どうやら木でできた小さな矢のようだ。
「危ないな。この遺跡同様、大層古いようだから、こんな物、朽ちててもおかしくないんだが……扉の仕掛けが長いこと作動されず、密封されてたお陰か」
「え、お前まさか、今、飛んできた矢を素手で」
「さ、きっとここから先はこんな罠ばかりだ。気をつけて進もう」
何でも出来てしまうやつだと思ってはいたけれど、凄い勢いで飛んでくる矢を素手で掴むなんて。しかし私の驚きには頓着せず、悪魔はまたさっさと歩き出した。
「そう、話の続きだがな。この地図、俺が随分昔にこの地方の王族同士の争いに首を突っ込んだ時の……」
隣で悪魔が話し出したその時、視界に突然、人間の白骨が現れた。
「わっ」
床に何体分もの人骨が散らばって、節足動物たちが絡みつき
「ご、ごめん……また何か動かしちゃったみたい」
「ああ、そうみたいだな」
私が手をついた瞬間に飛び出てきたらしい岩によって、まず進行方向が阻まれたようだ。しかし、それだけではなさそうだ。まだ何かが作動する音は続いている。
「一体、何が……」
悪魔が天井を指差す。つられて見ると、遥か頭上にあった筈の岩天井が、そのざらつきやオウトツまで分かるほどにはっきり明確になっている。
「天井が落ちてきている!」
「惜しいな。これは床がせり上がっているのさ」
普通の人間だったらパニックに陥るところだろうが、悪魔は淡々と落ち着いている。こればかりは魔法を使って逃れるしかあるまい……と思ったのに、彼は落ち着いた態度で、床の白骨を眺めていた。
「ど、どうするつもり? 私の奇跡で……?」
「いや、待て。それは最終手段だ」
手ぶりで私を止めて、悪魔はニヤリと笑う。
「俺たちは『冒険』しないと、だろ」
床が徐々に、岩の天井に近づいていく。私は悪魔の横にしゃがみ込み、その挙動を見守った。
「この罠が作動するためには、あの壁に手をつかなきゃならない。作動のために、床にはスイッチを配置できなかったんだろうな。だから、そこに手をつかせるために、最初からダミーの白骨を置いていたに違いないんだ」
冷静な分析に、私は唸った。そんなこと、全く思いつかなかった。
床は既に、立ち上がることもできないほど上がってしまっている。
悪魔の手が、積み重なった白骨を遠慮なしに崩してゆく。魂の片鱗さえ残っていない古代人の遺骨が、乾いた音を立てる。
「……こいつだ」
ワンセットだけ、そこに固定された、それも他のものより腐敗していない、作り物であるらしい白骨が現れた。床はその間にもせり上がり、いよいよ腹這いにならないといけなくなってきた。
「こいつがこの罠の呼び笛であり、……」
悪魔の長い指が、作り物の頭蓋骨の目の中に入ってゆく。
「そして同時に、解除装置でもある訳だ」
彼の指が動くと同時に、カチッという小さな音がした。次いで、すぐ目と鼻の先まで近づいていた岩の天井が遠ざかっていった。床が、本来の高さまで戻ってゆく。
「あ、危なかった……」
私の言葉に、悪魔は楽しげに笑った。
「こういうの、ダイアナなら喜びそうだな」