79話 天使と悪魔のトレジャーハント
古地図には、山や大きな川、泉などを書き記してあるようだった。その、恐らくは北の方に一点、ぐるぐると円で囲われた部分がある。そこには『宝はここ』とでも訳すべき古代語が記されている。そこが、私たちの目指す場所だ。
「ラブ、今、私たちはこの地図で言うとどの辺りにいるのだろう」
相変わらず黒いシャツとジーパンに身を包み、いつもと違うのは陽射しを遮る鍔 付きの帽子、といういでたちで隣を歩く男に尋ねる。
「そうだな、朝のうちにこの辺に降り立って」
彼の黒い爪の先が、地図上の真ん中あたりを指し示す。
「それから午前中いっぱい歩き続けているから、今はこの辺だろう」
黒い爪は、地図の三分の二ほど上部を指し示した。目的地まで、まだあと少しばかりある。
「なるほど。この調子で歩いたら、今日中には着きそうだね」
「そうだな。思ったより歩きやすいし、ちょっとした散歩みたいなもんだ」
天使と悪魔は疲れというものを知らない。飲食も必要がない。だから、普通の人間であれば何時間も歩き続けることが苦になる環境だとしても、全く問題はない。
「俺たちは疲れないから、まあ、いいんだが……でも天使サマ、本当に飛んで行っちゃだめか」
ちら、と送られた彼の視線に、私は即座に首を振った。
「だめだよ。ダイアナちゃんが来られない分、私たちは彼女が体験したかった『冒険』をして、目的地まで辿り着かなければ」
「ぐう……」
飛べさえすればこんな行程、と悔しげに呟く男の気持ちも分からなくはないけれど、でも私たちは、来られなかったダイアナちゃんの代理で来ているのだということを忘れてはいけない。何せ、最初から一番楽しみにしていたのは彼女だったのだから。
「それにしてもダイアナちゃん、残念だったね。向こうで楽しくやっているといいのだけど」
「そうだな。まあ、久々に親類が訪ねてくるとなれば、そっちを優先するのが当然だ」
ダイアナちゃんは諸事情により両親を失って使い魔になり、今ではこの悪魔の保護下で暮らしているけれども、両親の親類縁者は健在だ。色々あって学校にすら通えていなかった時期を乗り越えた今は、彼ら親類も悪魔のことを信頼して彼女を託してくれている。彼らにとって、悪魔は、「まだ若いのに経済的に裕福で自立しており、両親を失った未成年の親類を引き取って兄がわりになってくれている、できた青年」といった認識のようだ。もちろん、それは悪魔本人が植え付けた情報なのだが。
「でも、それなら日程を変えれば来られたのにな」
不思議そうに呟く悪魔の脇を、軽く小突く。
「全く。お前は時々、本当に鈍いな。ダイアナちゃんは、お前や私が無理して今週を空けたことを分かっているんだよ」
特に、私はともかく、悪魔の仕事量はとんでもないと聞く。慈悲という言葉を知らない主人に仕えるということはそういうことさ、とは悪魔の言葉だ。そんな多忙な中、どうにか工面した時間だということを、ダイアナちゃんはよく分かっているのだ。
「ああ、なるほどな。あいつ、そんな気を遣えるようになったか」
面白そうに言い、彼の足取りが少し軽くなる。もう、飛ぼうなどとは考えていないようだ。
「それにしても、その地図……、一体どういう由来のものなんだろうね。大学図書館の百科事典に挟まっていたという話だけれど」
「さあな。しかしそこに挟まっていた由来はともかく、この地図自体には、俺はどうも見覚えがあるんだ」
「え? 本当?」
それは初耳だ。
「多分、これの基となったシロモノに、昔、関与したことがあるんだ。最初から何か引っかかってはいたんだが……」
悪魔は口元を手で覆い、何事か考え始めた。
「でも、だとすると……ふむ」
自分の記憶と対話を始めてしまった様子の男は、それでもきちっと方向をあやまたず進む。
基本的にはキリスト教と共に歩んできた私たち天使とは違い、悪魔は人間を堕落させさえすればよい。だから、キリスト教の流布に関係なく仕事を行なっているとは聞いてはいたが……、こんなアマゾン奥地の古代先住民族達にまで、その魔手を伸ばしていたとは知らなかった。
「お前は本当に昔から仕事熱心なんだな」
ため息混じりに呟くと、悪魔はハッと姿勢を正して私を見た。なんだか焦っているようだ。
「すまない、天使サマ。二人きりの時に仕事のことを考えるなんて、申し訳ない」
なるほど、そうとったのか。
「そういう意味で言ったわけではないのだけどね。でも、うん、ありがとう。お前が私を第一に思ってくれていることは、よく分かっているから」
全く違う方向で困り顔になってしまった男が愛しくて、私はその右腕に自分の左腕を絡めた。
「さあ、ペースアップだよ、ラブ! ダイアナちゃんのためにも早く行こう!」
「……ああ、そうだな」
男は嬉しそうに微笑む。
私たちは先を急いだ。
「ラブ、今、私たちはこの地図で言うとどの辺りにいるのだろう」
相変わらず黒いシャツとジーパンに身を包み、いつもと違うのは陽射しを遮る
「そうだな、朝のうちにこの辺に降り立って」
彼の黒い爪の先が、地図上の真ん中あたりを指し示す。
「それから午前中いっぱい歩き続けているから、今はこの辺だろう」
黒い爪は、地図の三分の二ほど上部を指し示した。目的地まで、まだあと少しばかりある。
「なるほど。この調子で歩いたら、今日中には着きそうだね」
「そうだな。思ったより歩きやすいし、ちょっとした散歩みたいなもんだ」
天使と悪魔は疲れというものを知らない。飲食も必要がない。だから、普通の人間であれば何時間も歩き続けることが苦になる環境だとしても、全く問題はない。
「俺たちは疲れないから、まあ、いいんだが……でも天使サマ、本当に飛んで行っちゃだめか」
ちら、と送られた彼の視線に、私は即座に首を振った。
「だめだよ。ダイアナちゃんが来られない分、私たちは彼女が体験したかった『冒険』をして、目的地まで辿り着かなければ」
「ぐう……」
飛べさえすればこんな行程、と悔しげに呟く男の気持ちも分からなくはないけれど、でも私たちは、来られなかったダイアナちゃんの代理で来ているのだということを忘れてはいけない。何せ、最初から一番楽しみにしていたのは彼女だったのだから。
「それにしてもダイアナちゃん、残念だったね。向こうで楽しくやっているといいのだけど」
「そうだな。まあ、久々に親類が訪ねてくるとなれば、そっちを優先するのが当然だ」
ダイアナちゃんは諸事情により両親を失って使い魔になり、今ではこの悪魔の保護下で暮らしているけれども、両親の親類縁者は健在だ。色々あって学校にすら通えていなかった時期を乗り越えた今は、彼ら親類も悪魔のことを信頼して彼女を託してくれている。彼らにとって、悪魔は、「まだ若いのに経済的に裕福で自立しており、両親を失った未成年の親類を引き取って兄がわりになってくれている、できた青年」といった認識のようだ。もちろん、それは悪魔本人が植え付けた情報なのだが。
「でも、それなら日程を変えれば来られたのにな」
不思議そうに呟く悪魔の脇を、軽く小突く。
「全く。お前は時々、本当に鈍いな。ダイアナちゃんは、お前や私が無理して今週を空けたことを分かっているんだよ」
特に、私はともかく、悪魔の仕事量はとんでもないと聞く。慈悲という言葉を知らない主人に仕えるということはそういうことさ、とは悪魔の言葉だ。そんな多忙な中、どうにか工面した時間だということを、ダイアナちゃんはよく分かっているのだ。
「ああ、なるほどな。あいつ、そんな気を遣えるようになったか」
面白そうに言い、彼の足取りが少し軽くなる。もう、飛ぼうなどとは考えていないようだ。
「それにしても、その地図……、一体どういう由来のものなんだろうね。大学図書館の百科事典に挟まっていたという話だけれど」
「さあな。しかしそこに挟まっていた由来はともかく、この地図自体には、俺はどうも見覚えがあるんだ」
「え? 本当?」
それは初耳だ。
「多分、これの基となったシロモノに、昔、関与したことがあるんだ。最初から何か引っかかってはいたんだが……」
悪魔は口元を手で覆い、何事か考え始めた。
「でも、だとすると……ふむ」
自分の記憶と対話を始めてしまった様子の男は、それでもきちっと方向をあやまたず進む。
基本的にはキリスト教と共に歩んできた私たち天使とは違い、悪魔は人間を堕落させさえすればよい。だから、キリスト教の流布に関係なく仕事を行なっているとは聞いてはいたが……、こんなアマゾン奥地の古代先住民族達にまで、その魔手を伸ばしていたとは知らなかった。
「お前は本当に昔から仕事熱心なんだな」
ため息混じりに呟くと、悪魔はハッと姿勢を正して私を見た。なんだか焦っているようだ。
「すまない、天使サマ。二人きりの時に仕事のことを考えるなんて、申し訳ない」
なるほど、そうとったのか。
「そういう意味で言ったわけではないのだけどね。でも、うん、ありがとう。お前が私を第一に思ってくれていることは、よく分かっているから」
全く違う方向で困り顔になってしまった男が愛しくて、私はその右腕に自分の左腕を絡めた。
「さあ、ペースアップだよ、ラブ! ダイアナちゃんのためにも早く行こう!」
「……ああ、そうだな」
男は嬉しそうに微笑む。
私たちは先を急いだ。