78話 Like an angel.
パーティーは滞りなく終了した。主人が主催したプライベートな集まりだが、集まった面々はとにかく金を持て余していることで有名な奴らばかりだった。主催者は善人中の善人だというに招待客の中にとんでもない悪人もいて血が騒いだが、どうにか抑え、メイド長業務も無事果たすことができた。招待客は三々五々、帰路につき、使用人達で後始末をしている頃だった。
「御坊ちゃまがいません」
そんな声が響いた。
夕方から催されたパーティーに全く無関係の子供である天使は、ずっと部屋にいたはずだ。流石に客の対応に追われる中、様子を見に行く暇はなかったが、ただ数時間部屋にいるだけのことだ。何も心配などしていなかった。それが突如、姿をくらましてしまったと言う。
「バスルームには」
「いいえ、見て参りましたが、いらっしゃいません。今数名で確認しておりますが、恐らく屋敷の中にはいらっしゃらないかと」
前メイド長の報告を聞いて、俺は玄関に出た。車寄せに目を凝らし、かすかに残ったタイヤ痕と、今日の客が乗ってきた車の種類を照らし合わせる。……ひとつだけ、急停止して急発進したらしいタイヤの痕があった。安物の車……この屋敷の客人にはふさわしからぬものだ。そして現に、それに乗ってきた客人はいなかった。
「外を探して参ります」
前メイド長にそれだけ言って、俺は走り出した。頭の中の知識を引っ張り出して車種の特定を行い、かろうじて識別できた正門前のタイヤ痕から行き先の検討をつけ、助走の勢いのまま羽根を解放し、飛んだ。もちろん、姿が見えないように魔法を使って。
風を切りながら道路の上を、道路脇の建物にも注意しながら暫く飛ぶうち、目当ての車種を発見した。
「……あれか?」
オンボロとまではいかないが、古い型の日本車だ。市外の、人通りの少ない方へ向かっている。すると、一匹だけ連れてきていたコウモリの使い魔が気を利かせて覗いて戻って来てくれた。
『あの車で間違いありません、天使が乗っていました』
「ご苦労。……行き先は……ああ、あそこか」
車は、街から少し外れた建物に入っていく。随分前に打ち捨てられたモーテルか何かか。車のドアが開き、ガラの悪い、俺にとってみればむしろ好感さえ持てるタイプの男たちが、数人姿を現した。後部座席から出てきたひとりが、嫌がる天使を引きずり出すようにして立たせ、歩かせる。
「あの野郎……」
握り込んだ爪が、掌に食い込んだ。血液が沸騰しそうだ。
おおかた身代金目的の誘拐だろう。大富豪が血縁関係にない子供をわざわざ家に保護したなんて、とっくに街の噂になっている。そんなに大事な子供なら、と誘拐の対象になるのは、当然と言えば当然だ。
大勢の使用人がいるとは言っても、パーティーの日に、子供にまでは目が届かない。とは言え屋敷の内部にまで短時間で忍び込んで子供を攫うというのは簡単なことではない。恐らく、あらかじめ内通者がいたのだろう。それに気がつけなかったのは、ひとえに天使に気を取られていた俺のミスだ。そのせいで、天使に要らない恐怖を感じさせてしまった……。
しかし、今はそんなことを悔いている暇はない。俺は男たちが入って行った建物へ向かった。
久々に暴力的な気分に駆られながら。
「御坊ちゃまがいません」
そんな声が響いた。
夕方から催されたパーティーに全く無関係の子供である天使は、ずっと部屋にいたはずだ。流石に客の対応に追われる中、様子を見に行く暇はなかったが、ただ数時間部屋にいるだけのことだ。何も心配などしていなかった。それが突如、姿をくらましてしまったと言う。
「バスルームには」
「いいえ、見て参りましたが、いらっしゃいません。今数名で確認しておりますが、恐らく屋敷の中にはいらっしゃらないかと」
前メイド長の報告を聞いて、俺は玄関に出た。車寄せに目を凝らし、かすかに残ったタイヤ痕と、今日の客が乗ってきた車の種類を照らし合わせる。……ひとつだけ、急停止して急発進したらしいタイヤの痕があった。安物の車……この屋敷の客人にはふさわしからぬものだ。そして現に、それに乗ってきた客人はいなかった。
「外を探して参ります」
前メイド長にそれだけ言って、俺は走り出した。頭の中の知識を引っ張り出して車種の特定を行い、かろうじて識別できた正門前のタイヤ痕から行き先の検討をつけ、助走の勢いのまま羽根を解放し、飛んだ。もちろん、姿が見えないように魔法を使って。
風を切りながら道路の上を、道路脇の建物にも注意しながら暫く飛ぶうち、目当ての車種を発見した。
「……あれか?」
オンボロとまではいかないが、古い型の日本車だ。市外の、人通りの少ない方へ向かっている。すると、一匹だけ連れてきていたコウモリの使い魔が気を利かせて覗いて戻って来てくれた。
『あの車で間違いありません、天使が乗っていました』
「ご苦労。……行き先は……ああ、あそこか」
車は、街から少し外れた建物に入っていく。随分前に打ち捨てられたモーテルか何かか。車のドアが開き、ガラの悪い、俺にとってみればむしろ好感さえ持てるタイプの男たちが、数人姿を現した。後部座席から出てきたひとりが、嫌がる天使を引きずり出すようにして立たせ、歩かせる。
「あの野郎……」
握り込んだ爪が、掌に食い込んだ。血液が沸騰しそうだ。
おおかた身代金目的の誘拐だろう。大富豪が血縁関係にない子供をわざわざ家に保護したなんて、とっくに街の噂になっている。そんなに大事な子供なら、と誘拐の対象になるのは、当然と言えば当然だ。
大勢の使用人がいるとは言っても、パーティーの日に、子供にまでは目が届かない。とは言え屋敷の内部にまで短時間で忍び込んで子供を攫うというのは簡単なことではない。恐らく、あらかじめ内通者がいたのだろう。それに気がつけなかったのは、ひとえに天使に気を取られていた俺のミスだ。そのせいで、天使に要らない恐怖を感じさせてしまった……。
しかし、今はそんなことを悔いている暇はない。俺は男たちが入って行った建物へ向かった。
久々に暴力的な気分に駆られながら。