76話 maid in heaven.
「メイド服?」
穏やかな春の朝。事前に電話したとは言え突然訪問した俺に手ずからコーヒーを振る舞ってくれた愛する天使が、空色の瞳を丸くした。
「メイドって、あの? 何で私が?」
「あの、じゃない。おそらく、お前がイメージしているのとはだいぶ違う」
「そ、そうなのかい?」
疑問符だらけで首を傾げる天使に、俺は持ってきた紙袋を渡した。中身を確認し、天使の首がますます斜めになる。
「これ……私たちの知ってるメイド服じゃないよね」
「ああ。俺たちが知ってるのはそんなに過剰なフリルはついてないし、そんなにスカート丈が短くないし、エプロンだってもっと控えめなデザインの筈だ」
「じゃあ、これは?」
「この間、日本へ出向いた時に存在を知ってな」
天使は口をぽかんと開けた。
「それは答えになっていないよ」
「ん……。つまりだな、そういう物があると分かったから、麗しの天使サマに着て欲しくなったってことさ」
天使の口が閉じない。本気で意味がわからないのだろう。
「これは女性用だろう、と言いたいんだろ。その通りさ。でも天使に性別なんて関係ないだろ。ましてや何よりも美しい魂のお前だ、きっと着こなせる」
「いや、そういう話ではないんだけど。……まあ、別にいいよ。実際、私自身は男性の服装だろうが女性の服装だろうが、気にはならないしね」
「流石は俺の天使サマ。お優しい」
快諾してはくれたものの、やはり首を捻りつつ、天使は着替えに行った。数分後戻ってきたメイド服姿の天使は、やはり俺の想像に違わず可愛らしく美しかった。黒地のメイド服に、多すぎるフリルのついた白いエプロンが目に眩しい。本来であればあり得ない丈のスカートの裾から、可愛らしい膝頭が覗いている。
天使は裾を軽く押さえながら俺を見た。
「これを着るなら、私は女性の姿になった方がよくないか?」
「いや、今日のところはそれで」
「今日のところ?」
「何でもない」
一日に最高レベルに美麗なものを二パターンも拝んでは、俺の精神がもたない。
「それで、私は何をすればいい? メイドなのだから、何か……掃除でもして見せようか」
「いや、必要ない。ただそこにいてくれ」
「そ、そうか……?」
困惑した様子で、それでも素直な天使は、静かにそこに佇んだ。薄っぺらくて安っぽかったメイド服が、天使が着ると、神聖さすら帯びてくる。
春の日差しに照らされたその静謐な美しさに、俺はスマートフォンを掲げたまま気を失った。一パターンだけでもたなかったな、と思いながら。
穏やかな春の朝。事前に電話したとは言え突然訪問した俺に手ずからコーヒーを振る舞ってくれた愛する天使が、空色の瞳を丸くした。
「メイドって、あの? 何で私が?」
「あの、じゃない。おそらく、お前がイメージしているのとはだいぶ違う」
「そ、そうなのかい?」
疑問符だらけで首を傾げる天使に、俺は持ってきた紙袋を渡した。中身を確認し、天使の首がますます斜めになる。
「これ……私たちの知ってるメイド服じゃないよね」
「ああ。俺たちが知ってるのはそんなに過剰なフリルはついてないし、そんなにスカート丈が短くないし、エプロンだってもっと控えめなデザインの筈だ」
「じゃあ、これは?」
「この間、日本へ出向いた時に存在を知ってな」
天使は口をぽかんと開けた。
「それは答えになっていないよ」
「ん……。つまりだな、そういう物があると分かったから、麗しの天使サマに着て欲しくなったってことさ」
天使の口が閉じない。本気で意味がわからないのだろう。
「これは女性用だろう、と言いたいんだろ。その通りさ。でも天使に性別なんて関係ないだろ。ましてや何よりも美しい魂のお前だ、きっと着こなせる」
「いや、そういう話ではないんだけど。……まあ、別にいいよ。実際、私自身は男性の服装だろうが女性の服装だろうが、気にはならないしね」
「流石は俺の天使サマ。お優しい」
快諾してはくれたものの、やはり首を捻りつつ、天使は着替えに行った。数分後戻ってきたメイド服姿の天使は、やはり俺の想像に違わず可愛らしく美しかった。黒地のメイド服に、多すぎるフリルのついた白いエプロンが目に眩しい。本来であればあり得ない丈のスカートの裾から、可愛らしい膝頭が覗いている。
天使は裾を軽く押さえながら俺を見た。
「これを着るなら、私は女性の姿になった方がよくないか?」
「いや、今日のところはそれで」
「今日のところ?」
「何でもない」
一日に最高レベルに美麗なものを二パターンも拝んでは、俺の精神がもたない。
「それで、私は何をすればいい? メイドなのだから、何か……掃除でもして見せようか」
「いや、必要ない。ただそこにいてくれ」
「そ、そうか……?」
困惑した様子で、それでも素直な天使は、静かにそこに佇んだ。薄っぺらくて安っぽかったメイド服が、天使が着ると、神聖さすら帯びてくる。
春の日差しに照らされたその静謐な美しさに、俺はスマートフォンを掲げたまま気を失った。一パターンだけでもたなかったな、と思いながら。